字余りソングの詩的リズムについて 吉田拓郎の言語革命
（『洪水』１４号）
山田兼士
吉田拓郎のデビュー曲「イメージの詩」（一九七〇年）を初めて聞いた時「何なんだ、この字余りの曲は」と驚いた、とはTHE
ALFEEの坂崎幸之助の談話としてよく知られているが、坂崎と同年生まれの私にもこの驚きはよく分かる。田舎町の市民会館ホールで初めて全曲を聴いた時、演奏時間の長さと共に字余りで早口の歌い方に驚いた記憶がある。それ以前の歌謡曲やグループサウンズ、フォークソングのどれとも異なることばのリズムに新奇さを感じた人は当時多くいただろう。その固有のリズムについて、いちはやく菅谷規矩雄が分析していることを知ったのは大学生になってからだ。ただし、菅谷が分析したのは「イメージの詩」ではなく、一九七二年頃にテレビで流れていたＣＭソングだった。
色っぽいということはええことなんよ
天然色写真をうつしてみんさい
この歌の特徴は、三拍子のリズムの各一拍に二音をのせるという基本的なパターンにあるとおもわれる。ことばの音数にとらわれないことによって、かえってリズムのベースとしての等時拍とわたしたちに固有のリズム感覚とが対位をなし、その結果、かの《天然の美》いらいの間のびしておセンチな女学校唱歌的三拍子とはおよそおもむきのちがった、からっとしたにぎやかさに近づいている――いわばワルツの原型ともいうべきものに。 （『詩的リズム』一九七五年、大和書房）
日本語の詩歌には三拍子（ワルツ）がない、という常識を打ち破る新しい「詩的リズム」を、菅谷はここに見ている。菅谷は吉田拓郎の歌に「日本語ほんらいの等時拍が、漢字音の口語化や長音・促音・撥音の多用によってうけた、ある変化」を指摘し、このＣＭソングが「三拍子四小節つまり十二拍にたいして、音数は六・五・七の十八音」をのせていることに注目している。では、この事実は何を意味しているのか。
ここからわたしたちは、詩のリズムのベースである等時拍と、わたしたちの固有のリズム感覚とが対位・格闘し、詩の表現においてひとつの〈行〉の構成としてかくとくしうるものの原型について、なんらかの示唆をよみとることができるはずだ。（同右）
菅谷独特の微妙な言い回しと言うしかないが、吉田拓郎の作詞法が日本語の詩的リズムにある重大な変化をもたらそうとしている、という予感はよく伝わってくる。かつて『詩的リズム』を愛読し大学のテキストにも用いたことのある筆者としては、この先の論理展開の重要さを理解しているつもりなので、ないものねだり的な批判はしたくないのだが、菅谷がこの後に続く論旨を吉田拓郎のより重要な作品、特に「イメージの詩」に適用してくれていたら、と残念でならない。やむを得ないので、非力を承知の上で、菅谷理論を私なりの方法で「イメージの詩」に適用してみることにする。
まず、作品冒頭のリズムを探ってみる。
これ・―・こそは・と／しんじ・れるも・のが・―／この世・に・ある・だろう／か
ここでは、四拍子四小節つまり十六拍、ただし最後は三拍分の休止があるので、実質十三拍（二拍めの長音と八拍めの休止を引くと十一音）の中に、六・八・一〇と二十四もの音をのせている。そのうち、二音をのせている拍は三つ、三音をのせている拍は五つもある。念のためことわっておくが、この二音一拍を八分音符二つに分けることはできないし、三音一拍を三連符に分けることもできない。なぜなら、吉田拓郎はそのように歌っていないからだ。拓郎の歌い方がしばしば「早口ソング」と呼ばれることには、明確な理由があったわけである。「イメージの詩」の中で音数が一番多い一節（四小節分）を見てみよう。
なぜ・なら・古い・船も／新しい・船の・ように・ー／新・しい・海へ・ー／でる
十六拍（長音と休止をのぞくと十一拍）の中に一〇・一一・一〇と三十一もの音をのせていることが分かる。曲そのものはきわめて単純なメロディとリズムから構成されているので、滑舌の良ささえあれば決して歌いにくいものではない。最初はたしかに抵抗（と驚き）を感じるが、すぐに慣れてしまうだろう。新奇にしてしかも自然であることこそ、新スタイルに必須の条件である。菅谷の言う「等時拍」と「わたしたちの固有のリズム感覚」との「対位・格闘」が、たしかに詩表現における「〈行〉の構成」を実現しているのである。
さて、そのような「字余り」「早口」で歌われた楽曲は、その後の音楽にとってどのような意味を持っただろうか。私はこれをポップミュージックにおける口語自由詩の確立、と考えている。そう、萩原朔太郎から約半世紀を経て、七五調や等時拍に拠らない「自由」なリズムを歌謡が獲得した、ということだ。北川透が萩原朔太郎の詩を「言語革命」と呼んだ（『萩原朔太郎〈言語革命〉論』筑摩書房、一九九五年）ひそみに倣って、吉田拓郎の歌詞を私はポップミュージックにおける「言語革命」と呼ぶことにしたい。
この後、日本語によるポップミュージックは、表現の可能性を大幅に拡げることになっていく。そのキーパーソンのひとりは例えば桑田佳祐だ。桑田は拓郎流の早口と英語的に変形した発音（特にＴ音とＳ音）を併用することによって（そしてサビの部分に英語の歌詞を入れることで）日本語歌詞（特にロック調歌謡の詞）の可能性を大きく拡げることができた。拓郎自身、初期の頃には用いなかったこの英語式Ｔ音を、後に多用するようになる。一九八〇年代以後の展開については周知の通り（例えばニューミュージックやＪポップの隆盛）である。
ところで、吉田拓郎の作による「字余りソング」は、その後の音楽活動において、それほど多くあるわけではない。目立ったところでは「ペニーレインでバーボン」（一九七四年）や「Ｙ」（一九八一年）「大阪発は何番ホーム」（一九八四年）などがあるが、数多ある拓郎作品の中では比較的少数だ。大ヒットとなった「人間なんて」にも「結婚しようよ」にも字余りはほとんどない。だが、ここに新現象があらわれる。吉田拓郎以外の作詞による「字余りソング」の登場だ。代表的なものだけ挙げると、松本隆作詞「言葉」（一九七八年）同じく「外は白い雪の夜」（同）岡本おさみ作詞「アジアの片隅で」（一九八〇年）そしてきわめつけは中島みゆき作詞（作曲も）による「永遠の嘘をついてくれ」（一九九四年）だ。
これは何を意味しているのか。時代を代表する作詞家たちが拓郎の特徴を把握した上で、（おそらく拓郎からの依頼によって）いかにも吉田拓郎的な歌詞を提供した、ということだ。拓郎以上に拓郎的な名曲の登場、といった現象を呼び水にして、字余りや早口の歌は日本のミュージックシーンに次第に広まっていくことになる。
では、吉田拓郎がこうした言語革命を成し遂げた背景には何があったのか。よく知られている要因は、学生運動に代表される当時の若者たちの熱気とポップ文化の前景化、団塊世代による大衆文化の台頭、ボブ・ディランに代表されるアメリカン・フォークの影響、プロフェッショナルな作詞家たちへのアマチュア側からの反発、といったところだろう。しかしそれ以上に重要だったのは、新時代の鼓動を予感した青年に内在した表現への強い欲動、とでもいったものではなかっただろうか。「メッセージ・ソング」という呼び方もあったように（「メッセージ」という語は現在すっかり手垢にまみれてしまったが、当時は未だ新鮮な響きとしてとらえられていた）、従来の歌唱法では表現できなかった強いメッセージが、寡黙も節制も形式も秩序も振り払うかたちで、いわば洪水のように溢れ出てきた。そんなイメージが浮かんでならない。
四行ずつに句切って二十番まである「イメージの詩」の全体を分析して、その新しさを検討するだけの余裕はここではない。ほんの一部を例示することで、その新奇さの一端のみを示すことにする。
「イメージの詩」は、まさに「イメージ」の自動記述的連鎖によって、青年の主張を雄弁に歌った作品、というのがひとまず平均的な評価だろうが、一見無秩序に見えるそれらイメージの連鎖には、実は必然的な流れが密かに一貫していることを、確認しておかなければならない。一番から順に、信、美、欲望、社会、闘争、傷害、勧誘、憧憬（ここには個人的疑義と欲望から社会的欲望へのゆるやかな流れが見られる）、といった心象風景が次々と歌われた後、曲想の変化とともに、次の一節が歌われる。
長い長い坂を登って 後ろを見てごらん
誰もいないだろう
長い長い坂を下りて 後ろを見てごらん
みんなが上で手をふるさ
八番までよりさらに饒舌な対句法によって、象徴的な（哲学的と呼んでもいい）場面が描写されているのだが、ここで「長い長い坂」のイメージは上昇と下降による対他意識を示す優れた詩的隠喩と見ることができる。これに続く後半の十一節は、一人の若者が他者および社会に挑んでいく際の態度表明――なんなら思想表明と呼んでもいい――と言うべき〈述志〉の歌だ。その一部を引用しておこう。
古い船には新しい水夫が
乗り込んで行くだろう
古い船を 今 動かせるのは
古い水夫じゃないだろう
なぜなら古い船も 新しい船のように
新しい海へでる
古い水夫は知っているのさ
新しい海のこわさを
新旧二組の「船／水夫」の四極構造を歌った一節だが、その意味内容は単純ではない。まず「古い船」とは、旧来の乗り物（例えば制度や方法や秩序）の隠喩として、多義的な意味をもつものだろう。その乗り物に「新しい水夫」が「乗り込んで行く」とはどういうことか。
最初これを聴いた時、私（高校生）は「古い水夫」の賢明さを称えていると思ってしまった。だが、これが「古い水夫」の臆病さへの揶揄とも取れる（むしろその方が作者の意図に沿う）ことに気付くのにそれほど時間はかからなかった。しかし、今あらためて読み直し（聴き直し）てみると、その両方の意味に取れることに気付く。つまり「新しい海」（新時代）に船出する「古い水夫」と「新しい水夫」のアンビバレンツな関係が示唆されているということだ。しかもその乗り物は「古い船」なのだから、〈新しい／古い〉をめぐる新旧論争はさらに複雑になってくる。もう一つ、後半から引いてみよう。
誰かが言ってたぜ 俺は人間として
自然に生きてるのさ
自然に生きてるって わかるなんて
なんて不自然なんだろう
すぐれて批評的な逆説と言うしかない。「自然回帰」が叫ばれ始めた時代のモードに逆らって「自然」であることの「不自然」を主張した、これも逆説的メッセージである。これらの思想表明を歌った後、歌はついにメッセージである以上に抒情であることを示すかのように、静かにこう締め括られる。
悲しい男と悲しい女の
いつものひとりごと
それでもいつかは いつものように
慰めあっている
個人の心象風景から始まって、他者、社会、思想、批評と歌ってきた「イメージの詩」だが、最後には孤独と慰撫という個人的抒情に収斂して、この後に続く長い歌手人生への足場を確認しているように聞こえるのは、必ずしも後の吉田拓郎を知っているためだけではない。より自然で滑らかな歌詞によって一流の人気歌手へと成長して行くために、どうしても一度は通らなければならなかった、そして、その後の転換期においても（自己確認のために）繰り返し立ち戻らなければならなかった、饒舌と雄弁の方法としての「字余り」は、新奇なる詩的リズムをもたらすと共に、思弁的内省的メッセージを表現するための、すぐれて独創的な詩的装置だったのである。