書き続けるということ
二〇一六年の新刊詩集から
（「現代詩手帖」２０１６年１２月号）
山田兼士
新鋭や超ベテランはひとまずおくとして、ある程度キャリアを積んだ詩人の場合、通常、三年ほどで新詩集一冊というのが程よいペースだと経験上、考えている。それより早いとマンネリに陥りやすいし、遅いと推進力に欠けることが多い。もちろん例外はある。一つのテーマに基づいて集中的に書き下ろした詩集が別の詩集と時期を接して出た場合や、異なった複数の作風がそれぞれに一冊になる場合などだ。前者の代表に、亡き子を歌った高階杞一『早く家へ帰りたい』（一九九五年）、後者の代表に谷川俊太郎『定義』と『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』（共に一九七五年）を挙げればいいだろうか。谷川さんの場合、系統が異なる二つの詩集を同時に出すことで読者の反応を確かめたかった、という趣旨の発言を私は直接聴いている。前衛的実験的な作品とライトでポップな作品を並行して書き続けてきたこの詩人は、最近も『詩に就いて』と『あたしとあなた』（共に二〇一五年）をほぼ同時に出したばかりだ。
今年度に出た中にも、同一詩人による複数の詩集があるので、まずそこから見ていこう。
この数年、特に旺盛な活動を続けている野村喜和夫は、今年二冊の詩集を刊行した（実はもう一冊あるのだが、これは過去の詩集からのアンソロジーなのでここでは取り上げない）。『久美泥日誌』（書肆山田）と『よろこべ午後も脳だ』（水声社）である。前者は、大小八十二の断章で綴られた（おそらく書き下ろしの）長編物語詩。ひとりの女性を希求する詩人の心象風景が様々な話法で展開する様子は、ネルヴァルの「シルヴィ」やブルトンの「ナジャ」を連想させる。静穏ながら不思議にエキサイティングな心的彷徨詩だ。後者は、縦書きによる物語的散文詩と横書きによる非線形行分け詩の二部構造による過激な実験詩集。パラダイムの増幅がイメージを次々と増大させ、意味が意味を呼び、非意味がさらなる非意味を呼び、といった調子で延々とパラフレーズが続いていく。戯れのパラフレーズ詩と呼べばいいだろうか。「（代数学２）」と題された横書き詩を引用する。
女
の２乗と
涅槃
との積の９倍に
２倍の女の影をかけて６倍の女と涅槃との積で割ると
３倍の女の２乗
に等しい
という芒は炎え
耳も炎え （全文）
廿楽順治は『怪獣』と『ハンバーグ研究』（共に改行屋書店）を刊行した。前者は、タイトル通り、なつかしの怪獣をモチーフにした三十三篇。中にはこれが怪獣？と思わせるものもあるが、作者の感覚ではその異形さが怪獣の名に値するのだろう。下詰の書き方は読みやすくないが、ユーモアにくるんだ批評意識を示すのに適した形である。逆倒した悲劇として読めばいいだろうか。後者は、すべて見開き十五行以内のスケッチ風詩篇を四十一篇収める。句点の多用と、随所に見られる旧漢字と、音便に大きな「つ」を用いていることが目を引く。そこから生じる独特のリズム感と異化作用が全篇を通じて不思議なユーモアを奏でている。パロディ精神も旺盛だ。表題作を引用する。
寮がならんでいるあたり。
独身の靈が無数に、ただよつている。
そういうひとの口に入るものだからね、
研究しているんだ。
ハンバーグ。
隣ではタオルに名を入れている工塲。
（そなたの名は。）
みんなひとり。靈の数え方は知らないが。
店は閉めてある。
でも。死んで。たましいをひいて。
研究しているんだ。ひとりずつ。
名前のハンバーグ。 （全文）
樋口武二は『呼ぶひと、手をふるひと』と『拾遺譚』（共に書肆山住）を刊行した。前者は全二十七篇のうち行分け詩一篇をのぞいてすべて亜散文（句読点を用いず一字アキ等を用いた散文）による物語詩。ゆるやかにつながっているようでもあり独立したようでもある幻想的な作品群だ。夢や記憶、郷愁といったモチーフが多く、作者自らが「迷子」と書いているように、時間の中での彷徨が主題。後者は、表題が示すように過去の詩集から漏れた作品を集めた一冊で、あとがきには「落穂拾い」との言も見られるが、全三章三十四篇は決して寄せ集めなどではなく、明確なモチーフに貫かれている。最も特徴的なのは夢や異界を扱った幻想譚だ。いずれも長い作品なので引用できないのが残念だが、名手の語りである、とだけいっておこう。
藤井晴美も『破綻論理詩集』と『グロッキー』（共に七月堂）を刊行。どちらも小冊ながらそれぞれ個性に溢れた詩集だ。前者は、タイトルにある通り、論理が破綻した悪夢のような情景が随所に描かれる。長めの散文詩も短い行分け詩もあるが、最も短い二行詩の題は「中原昼夜の二十年後」。
鳩のびっくりしたような目が私をわらっていた。
目のまわりの赤い丸がおどけていた。 （全文）
人を食ったとも見えるし、独自の詩的炸裂とも見える不可解な作品群だ。後者は、暴力、狂気、皮肉、批評、諧謔、といった様々な要素の気配が漂う。短詩も長詩も、散文詩も行分け詩も、物語詩も私小説詩も、といった具合で、すべては書くことのエネルギー自体へと向かっているかのようだ。ラディカルでナイーヴな書。
能祖將夫は『あめだま』と『魂踏み』（共に書肆山田）を同日に刊行した。前者は、日常に材を取りながら奇妙に異界の方へと流れていく自己を、冷静に時にはユーモラスに描いた作品群。亡き父や友人への追悼も切実な中に軽やかさを保ち、中也や朔太郎などの引用も批評意識による距離化がはかられている。生と死をめぐる詩的考察も興味深いところだ。後者は、比較的短めの行分け詩四十一篇。ウィットとユーモアを特徴とするが、その根底にあるのは生への切実な欲動だ。主要モチーフは「魂」と「夕陽」だが、いずれの場合にも生の儚さと強かさの両義性が豊かなイメージに収められ、磊落とさえ見える雰囲気を醸し出している。
さて、ここからは一冊ずつ見ていこう。この六年ほど、詩集を一冊読む度にツイッターで百四十字の寸評を書き続けているので、以下の短評もツイッターを元にしていることをお断りしておく。もちろん多少の推敲は施している。
八重洋一郎『太陽帆走』（洪水企画）。「詩人の遠征」シリーズの一冊。「太陽帆走」と題された亜散文詩十篇と「石垣島通信」十二篇から成る。科学哲学に想をとった亜散文詩は宇宙的広がりの中でイメージを自在に展開して美しい。エッセイも詩的想像力にあふれた名文。詩の「遠征」と呼ぶにふさわしい。詩「コンスタンチン・ツィオルコフスキー」から引用する。
いや ピタゴラスとともにもっともひらかれた人類の耳 この波と楽しくやさしく遊ぶには？ 構想力が集中し音ひとつない宇宙の彼方 ひかりをとらえようとアルミニウムをはりつけた超薄型の巨大な帆がはなひらく 太陽帆走 日光の圧力と太陽の引力 ヨットが風と波を精密に計算するようになんという光と重力の美しいバランス （部分）
相沢正一郎『風の本――〈枕草子〉のための３０のエスキス』（書肆山田）は、副題にあるように『枕草子』をモチーフにした三十篇のエスキス（習作）。中にはカラヴァッジョ、ホメロス、シェイクスピア、宮沢賢治といった古今東西の人物への言及もあり、内容は多様だ。エスキスがそのまま完成作でもある詩群。
川は、すみだがわ、よしのがわ、もがみがわ、かもがわ、みなせがわ、いずみがわ……きょうもねどこで川の名をわたった――ほほえみながら藁くずやペットボトルのただよう日がある、いかりをのみこんで水が馬のようにはしる日も……からだをおこすと水おとはきえ、いしころだけのかわら。
冨上芳秀『蕪村との対話』（詩遊社）。こちらは表題通り蕪村の句にそれぞれ散文詩を付した九十篇。随所に挿入される上田寛子の絵も楽しく、自由闊達なコラボレーションになっている。時に駄洒落や地口といった言葉遊びも見られるが、その軽妙さは蕪村の句にふさわしい。全体として幻想譚的テイストの強い作品群。
築山登美夫『無言歌』（論創社）は、詩と批評を含む三百ページの「詩文集」。うち詩は七十ページほどを占める。この人特有の旧仮名遣いは、定点観測的に現在を客観視すると共に、批評的散文性に詩的音楽性を加味する役割を果たしている。それは３・１１以後の社会に対する怒りと憤りを寡黙に歌うことだ。
おまへはまた 一枚のファックスで通告した
大量の放射能汚染水をいまから海に放出すると
抗議がくると おまへは法律にもとづいて補償すると発表した
ひとりの顔も見せず だれの肉声も発せずに
この列島にはしる大きな断裂とは おまへのことなのだ
［災厄の犬たち］さへゐなければ
［災厄の犬たち］さへ死に絶えれば
（「［災厄の犬たち］」部分）
高啓『午後の航行、その後の。』（書肆山田）。秋田県生まれ山形市在住の詩人による第五詩集。複雑な家族関係や複数の女性関係を持続的に描き続けてきたが、ここにきて孫が生まれたらしく、人間関係が少しずつ微妙に変化していく様が繊細に描かれている。それにしても事実と虚構のブレンド具合が謎だ。
荒木時彦『要素』（私家版）は全二十六ページの小型本。二部構成による連作散文詩で、一種の追跡物語のかたちを取っているが、特に事件が起こるわけでなく、イメージの連鎖がリズミカルに綴られていく。一部と二部は同じ描写を微妙に変奏させて重層構造を成している。自分自身の影を追う詩人の寓意と見た。
おぎぜんた『レイシスト』（土曜美術社出版販売）。長くケニアに住む一九五二年生まれの詩人の第五詩集。黒人差別と白人崇拝の実態を中心に、虐げられた者達に代わって現状を訴える作品群は迫力に満ちている。時に自らに潜む差別意識をも抉り出し表現する勇気と誠実さに感服せざるを得ない。日英対訳。
川上明日夫『灰家』（思潮社）は、二篇を除いてすべてに「灰霊」「灰景」「灰雨」と題名に「灰」のつく全十七篇。いずれも詩行は短く、この人らしいやわらかなリズムと抒情を奏でている。生と死のあわいを行き来する「灰」のはかない存在感が浮遊する魂の姿を静かにすくい取っている。独自の詩境を確立した。
灰はいらんかね
灰は
お彼岸だから
まだまだ 逢う人がいるらしい
見知らぬ おかたが
たまに
お灯明を たしに やってくる
死んだ後さ
生きてる前だったな （「灰屋」末尾部分）
吉田義昭『空気の散歩』（洪水企画）。名作『ガリレオが笑った』（二〇〇三年）の詩人が今度はガリレオとの対話を中心に散文詩集を編んだ。物質的想像力にあふれた清々しい一冊。全四部構成の中には自らの臨床心理学体験と故郷長崎への思慕も含まれていて、立体的な構造になっている。被爆地への思いは鋭い影像を創る。
あの日、『国家』の中で叔父さんの家も死んでしまったのです。家族たちの団欒も影絵となり、家も街も、生き物の死骸のように焼け焦げたのです。そう私の家の歴史書に記録されただけだったのです。本当は国と家が同じ重みで語られなければならないと私は思っていたのですが。
（「ナガサキ・爆心地から歩きだして」部分）
田村雅之『碓氷』（砂子屋書房）は、自ら詩歌出版社を経営する詩人の第十二詩集。自らの原点である群馬県碓氷を訪れ過去に思いを馳せると共に、フィレンツェ、旧満州、朝鮮などへの（多分に文学的な）旅の記憶の昇華が行われ、これまでの集大成となっている。モチーフの多彩さと方法の一貫性がその証左だ。
服部誕『おおきな一枚の布』（書肆山田）。一九五二年生まれで定年退職したばかりの著者が、勤務時代の仕事や通勤電車や家庭のことなどを適度な距離感で描き出した作品集。阪神淡路大震災の犠牲者への追悼や、日常の中の微かな幻想なども、自然体の温もりの中に描かれていて心地よい。退職後の開放感も印象的に描かれている。
大阪梅田から阪神電車に乗って両親の墓参りにでかける
あの日 地震の揺れを堰き止めたたくさんの川
新淀川神崎川庄下川蓬川武庫川夙川芦屋川住吉川石屋川都賀川新生田川
電車はそれらの川をやすやすと渉り
しだいに震度をあげながら神戸三宮へと近づいてゆく
（「阪神電車から見えるちいさな家の裏窓」部分）
阿部嘉昭『石のくずれ』（ミッドナイト・プレス）は、いずれも一、二ページの詩が百篇集められた大冊。漢字と平仮名のバランスが絶妙で、音読へと誘う作品群だ。多くは内界と外界の境目での呼吸をたどるような作風だが、時に北海道での生活を新鮮な筆致で描いた佳作も。現象学的作品群といえばいいか。「かさね」を全文引用する。
すなのうえで保護色をえた貝が
海中としてすぐれるように
あおじろくながいおおかみが
月明そのものへ擬態して
とおくおおきくはしるのをみた
高岡修『胎児』（シャプラン）。宇宙創生から書き起こし、一つの命の受胎から誕生までを「君＝胎児」への語りで描いた二十五篇の連作詩。胎児の成長に重ねて人類の歴史や神話を描き出し、人間の諦念や宿命や痛苦を炙り出す方法は周到。いずれも短めの詩篇だが相互の結びつきが大きな世界観を創出している。
福間健二『会いたい人』（思潮社）。東日本大震災以後の五年間の作品を集めた一冊。いずれも短めだがかなり重く深い内容が続く。一見普通の生活をモチーフにしているようにも見えるが、日常から半歩ほどずれた場所が詩人の立ち位置だ。今は無いものへの哀惜を副題「i
miss you」が示している。
書けないのはいいとしても
ひとりを
とくに呼び返すわけではない
記憶の果実に
ナイフを使うこともあきらめて
迷い込んだ部屋 （「美しい部屋」部分）
しなやかで鋭利な抒情はますます深みを増しているといった趣きで、今後も大いに期待すべき「中堅の星」だ。
中森美方『最後の物語』（思潮社）は、表題通り「物語」的な亜散文詩十七篇。年齢も性別も職業も異なった語り手（主人公）たちがそれぞれに特異な経験を叙述する。短いストーリーの中に長い人生と重い体験を凝縮して描き出して、死のパラフレーズと呼ぶべき詩空間を構成している。
赤木三郎『ふりしぼられる 手』（書肆夢ゝ）は、一行のみの短詩からかなり長い詩まで、様々な意匠に彩られた作品群。ノスタルジーとアイロニーが主な特質と思われるが、時に鋭い風刺や黒いユーモアが散見されて、なかなか単純には読み解けない。一見ライトヴァース風なのがかえって手強さの要因となる。「非（自己模倣）」の全文。
蕩尽の種子おちて 畏れよ
神尾和寿『アオキ』（編集工房ノア）は、いずれも見開きに入る短めの作品四十九篇。本文の終わった後の左下隅に次の作品タイトルが印刷されていて、ゆるやかな連想で次作に続いていく。軽妙なユーモアが特徴だが、時に驚くべき省察を（それも軽やかに）一瞬煌めかせている。明るい不条理がこの詩人の個性だ。「あらいざらい」を引用する。
あらいざらい
ここに述べてみますと
しょっちゅう破廉恥なことを考えてきました
毒々しいものではなく
淡い 雪の感触です
そうしてそれを実行に移さなかったのは
良心と法律が 存在していたからであり
世間体のことについては
ちっとも
気には しておりません （全文）
川中子義勝『魚の影 鳥の影』（土曜美術社出版販売）。信仰を軸に、知的に磨かれた言語が未知をめざしていく。｢五感のおよばぬ彼方をのぞむことを」課題とする、と「あとがき」にあるように、不可知、不可解を暗示する言語領域を静かに探っていくような手触りだ。後半にふと現れる素朴な形象も魅力的。
大橋政人『まどさんへの質問』（思潮社）は、軽妙洒脱な作品で知られる著者十四冊目の詩集。従来の「ライトヴァース」的色彩に深い陰影が加わって、生活と人生と生命の不思議さにふと目を向けさせてくれる。表題作は著者が敬愛するまど・みちおへの親愛をこめたオマージュだ。明るい影が全体に漂っている。
私の夢は
死ぬまでに
０行の詩を
一篇書いてみること
タイトルも
氏名もない （「０行の詩」末尾部分）
瀬崎祐『片耳の、芒』（思潮社）。著者六冊目の詩集は全体に幻想的な雰囲気の漂う物語的作品群だ。行分け詩と亜散文詩から成るが、その形式上の相違はほとんど感じられない。それほどこなれたリズムなのだ。いくぶんホラー的な作品もあるが、上品さに欠けてはいない。グラックの詩小説を彷彿させる作も。「水門のあたりで」から引用する。
小さな笹舟に言葉をつめて
水門の向こうにそっと押しやる
まだ逆さ文字のままなので手練れの職人にしか読めないが
流れの言葉を伝えることは大事だ （冒頭部分）
谷内修三『改行』（象形文字編集室）。「ことば」論が印象的な作品群。散文詩はもちろん、行分け詩にもほとんど句読点が律儀に付され、明晰さへの志向の強さがうかがわれる。曖昧さを排除したところに生じる新たな暗示性、といえばいいだろうか。メタレベルでの言語探究が行われている気配だ。
久保寺享『白状／断片』（銅林社）散文的行分け詩十八篇から成る断章の連作。埴谷雄高を思わせる形而上的言述から始まるが、次第に光、風、ドア、死、宇宙といったキイ・イメージの敷衍によって詩的形象を明らかにしていく。時折挿入されるオノマトペ的間投詞は面白い外部叙述だ。続編があるとのこと。
井川博年『夢去りぬ』（思潮社）。七十歳代になった詩人の切実かつ磊落な二十八篇。青春時代を回顧した作品群は苦労話がそのまま人生詩になっているし、亡くなった娘に向けた詩は深刻な追悼詩だし、詩人たちとの交遊詩は哀切かつ滑稽だ。明哲な機知が人生の根源に深く侵入し、その機微と軽やかに戯れる。「地下道の散歩者」から引用。
地下道を歩いている。
地下道しか歩けないのだ。
胸に哀しみをあふれるほど
かかえている者は
地下道しか歩けない。 （冒頭部分）
柏木勇一『ことづて』（思潮社）。長らく新聞編集の仕事をしてきた一九四一年生まれの詩人が、決して短くはない人生を振り返ると同時に、今も生き続けている過去を直視することで生と死の意味を深く探ろうとする。少年期と老年期の同時直視による形象が、後世への「ことづて」となることを祈りながら。
谷元益男『滑車』（思潮社）。宮崎県小林市に住む詩人が、自然と隣り合わせの生活の中で、人や家畜や虫や木などの生態を観察しつつ、その生と死を鋭く凝視する。いくぶん神話的な淡々とした語り口の中に非情の歌を織り込んだ作風は、現在ではめずらしいフォークロア的な調べを湛えている。ここでは死さえ美しい。