44　スープと雲

　気の狂ったかわいいぼくの恋人がぼくをディナーに招いてくれたので、ぼくは食堂の開いた窓から、神が水蒸気でつくった動く建築を、手に触れることのできない素晴らしい構造物を、じっと眺めていた。じっと眺めながらぼくは思っていたのだ、「こうした変幻自在な光景はすべて、ぼくの美しい恋人、緑色の目をして気の狂ったかわいい化け物、の目とほとんど同じくらい美しい」と。

　するといきなり、ぼくは背中を拳で荒々しく一撃され、しわがれた魅力的な声を聞いた、ヒステリックな声、ブランデーで咽喉を嗄らしたような、ぼくの愛しくかわいい恋人の声を。「さっさとあんたのスープを飲みなさいな、雲商人のお馬鹿さん？」

〔解説〕

　これも短いながら、前半と後半が明らかな対位法を成す作品（cf.「芸術家の告白の祈り」「二重の部屋」「菓子」等）。超自然の光景に心を奪われながらも恋人に思いを馳せる「ぼく」を落胆させるかのように、荒々しく下品な女の声が（背中の一撃とともに）聞こえてくる。この展開は「貧者の眼」の場合と同様、恋人に対する幻滅の一瞬を劇的に描いている。この落胆と幻滅が、直前の作品「43みやびな射手」に描かれる（疑似）愛人殺しの動機である。この詩人の、女性に対する絶望の深さを垣間見させる作品だ。