アンケート「後世に残したい昭和の名詩」

小野十三郎「カヌーの速度で」

（「PO」2001年夏号）

山田兼士

小野十三郎(1903―1996)の第一詩集『半分開いた窓』は大正十五年（つまり昭和元年）、最後の第二十詩集『冥王星で』は平成四年の刊行。ということは、小野の詩人としての活動期間内に昭和詩がすっぽり入っていることになる。まさに昭和をまるごと生きた唯一の詩人と呼ぶにふさわしい。その詩人が昭和の最後（六三年）に刊行した詩集が『カヌーの速度で』。第一詩集で芽生えた「蘆」のイメージが『大阪』（昭和十四年）の「葦」となり、戦後間もなく「コスモス」（詩誌名でもある）となり、やがて「樹木」（昭和五七年『樹木たち』）へと成長し、最後に「カヌー」となって「冥王星」に旅して生涯を終える。なんとも素敵に一貫した詩人の一生ではないか。『カヌーの速度で』表題作は、「ゆっくり／水を切るカヌーの速度で／言葉さがしをしている。」と始まり「時間をとめて／カヌーよしずかに／すべるように／その中にはいっていけ。」に終わる二十二行の詩だが、その詩空間はとほうもなく広大で、時間もまた人間的時間を超越するほどに膨大だ。「言葉」を探すには「カヌーの速度」つまり速くも遅くもない絶妙の速度が必須であることを、この詩は静かに深く教えてくれる。