昭和の家族　テレビ篇（「交野が原」７２号）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　

山田兼士

　　テレビは自転車に乗って

九月のよく晴れた昼下がり

テレビは自転車に乗ってやってきた

兄ちゃんが早速ちゃぶ台の上に据え付けた

もちろんすぐには映らない（母ちゃんなぜ持ち帰った）

夕方電器屋のおじさんがやって来て

屋根の上からの呼び声にこどもが大声で応えて

やがて灰色の画面に絵らしきものが浮かび上がって

声らしきものが立ち上って

見えたのだ　聞こえたのだ

じゃがいも顔の若者が

奇妙な発声で歌う耳慣れた歌が

――涙がこぼれないように……

九ちゃんに初対面の九才のこどもは

涙をこらえて父ちゃんの帰りを待っている

　　空をこえて　アトムな日

お雑煮お年玉初詣で例年通りの元旦

初めてテレビをかこむお正月も夕暮れて

わくわくしながら兄ちゃんと待っている

長篇テレビ漫画「鉄腕アトム」第一回

月刊誌で毎月見ていたスーパーロボット（ライバルは鉄人号）

｢白馬童子」を見たがる一杯機嫌の父ちゃんに

たのみこんでようやくチャンネルを合わせた六時十五分

不思議なイントロとともにアトムの顔があらわれ

不思議な「ラララ」をはさむ「空をこえて　星のかなた」

マンガが動く　しかもアトムが　うれしくてなきそう

夢中で見ていた九才の冬　母ちゃんも夢中

明治の牛乳を飲んでから晩ご飯はスキヤキ

アトムが原子だと知ったのはずっと後のこと

四年後の最終回、死に場所は太陽、地上に墓はない。