ほんの紹介（6）

八重洋一郎詩集『トポロジィー』（澪標、2006年）

　第三回小野十三郎賞受賞者、石垣島の詩人、八重洋一郎の最新詩集。

　「0」から始まって「100」そして「∞」に到る102篇から成る連作詩である。短詩の連作と見てもいいし、ひと続きの長篇詩と見てもいい、そんな造りになっている。テーマはずばり、身体の内と外の無限連関。まず、巻頭を紹介しよう。

ふりそそぐなだらかな陽をあびて

海の底

刺し込まれた鋭い夢を抱いて

ゆるやかに成熟する

瑠璃光

真珠

粘体の痛みの

トポロジィー　無限屈折の光りかがやく

涙

（「0」）

　まるで胎内のような「海の底」でこの詩集は始まる。身体の内部に生まれる生命が瑠璃光、真珠、涙に喩えられ、早くもこの詩集の主題である「トポロジィー」が示されてる。身体内世界であるこの空間＝場＝トポロジィーは、「無限屈折の光」を発しているという。かなり難解な構図だが、この構図は繰り返しさまざまなイメージで敷衍されることで、次第にその形と色を明らかにしていく。例えば、「4」で示される身体の内／外の交換可能性について。

ある一点で裏返す　例えば私という虚無の一点

そうすれば　すべてがつつみかえされる

か

何かの意味がうまれる

か

たいしたことはないけれど

　身体を裏返すと「何かの意味がうまれる」（かもしれない）というのは、身体内宇宙（＝私）と身体外宇宙（世界）との交換可能性を示唆している。この困難な命題を、八重洋一郎は執拗なイメージ連関で追い続けているように見える。石垣島の刺すような陽光の中で、あるいは暗黒の宇宙空間の中で、あるいはさらに、「0」と「∞」の中間領域である人間存在すべての闇の中で。

　もう一つ類似したイメージが「8」に描かれている。

いま　ここに

私という虚妄の一点　その一点を無によって裏返す

他在の殺到　宇宙の殺到

あなたという深い零点　その零点を一瞬によって裏返す

無始の殺到　無終の殺到

　ここでは私（＝１）が無（＝0）によって裏返されている。すると、他であり宇宙全体である∞が「殺到」する。同様に、あなた（＝0）が一瞬（＝1）によって裏返されると、今度は始まりも終りもない（たぶん永遠の）時間である∞が「殺到する」。つまり、空間も時間も0であり∞であるような存在として、身体がイメージ化されている、ということだ。この部分「４」は次のように締め括られる

裏返し裏返される超多次元の

無限変換

　このような哲学的命題を、八重洋一郎は執拗に独創的なイメージで描き続けていく。そこには数学的思考も含まれるのだが、それ以上に、イメージの大胆な飛躍、変換、敷衍、逆転をたどることで、詩集全体の輪郭は明らかになっていくだろう。例えば、次のように大胆なイメージをよく味わうこと。

宇宙には宇宙大の

蛇が

一匹　蛇は

どこへ脱皮する

（「45」）

　「どこへ」と疑問が発せられているのだが、その有力な答は、身体内宇宙へ、というものだと思う。逆もまた。

　「100」に示される次のように美しいイメージもまた、この「無限変換」の一つのヴァリエーションだ。

深呼吸

光と影をひるがえし

記憶と希望をひるがえし

水平

線

に

宇宙蝶

　空間と時間を「ひるがえし」て飛び続ける「宇宙蝶」こそ、宇宙大のさなぎから脱皮した存在、つまり「0」と「∞」の間に永遠に無限に宙吊りにされた人間存在の象徴にほかならない。

（この項未完、2007/02/04）