●書評●佐藤弓生『うたう百物語』

歌—物語発生のトポスとして

（「びーぐる―詩の海へ」１７号）

山田兼士

　怪談専門誌『幽』創刊号（二〇〇四年）から十七号（二〇一二年）にかけて連載された掌編に書下ろしを加えて全百篇としたもの。各作品には「ここ百年ほどの間に多くの歌人から生まれた」（あとがき）短歌が一首ずつ据えられている。体裁は、見開き二ページ五百字ほどの掌編の末尾にポイントを大きくした短歌が作者名と共に置かれていて、読者はどうしても短歌を二度読むことになる。最初に歌を読み、次いで掌編を、最後にもう一度歌を味読する、ということ。つまり、一回目は物語へのプレリュードとして、二回目はポストリュードとして、二度味わうのである。作者の意図か編集者の発案かは別として、この組み方にはまず脱帽せざるをえない。

　内容は、掲載誌からも想像できるように、いずれも異界／他界をめぐる幻想譚なので、選ばれた短歌も幻想風の雰囲気を纏った作品が多くなるのは当然だろう。例えば、

腕を植えて生き直せれば永遠の植物としてあなたを愛す（東直子）

ほほゑみに肖てはるかなれ霜月の火事のなかなるピアノ一臺（塚本邦雄）

といった幻想的な作品は、ごく自然な成行きで怪談のモチーフとなりテーマにもなり得るものだが、佐藤弓生の掌編は、決して単なる幻想のパラフレーズに終わらない。東作品による掌編では｢腕を植え｣るという怪異から文字通りバラバラ事件による｢腕」の物語を編み出しているし（しかも語り手は死者）、塚本作品からは（まるでハムレットのような）異常心理的復讐劇を生み出している、といった具合。どうやら佐藤が企てたのは、百人の歌人たちとの対話といった趣のおだやかなコラボレーションではなく、より過激でより独創的な相克の新様式であるようだ。

　怪談だからといって、おどろおどろしい話ばかりではない。淡い郷愁に溢れた私小説風のものもあれば、ユーモアに満ちたコント風のものもある。繊細な少女の心理を鮮やかに描き出した掌編を紹介しておこう。

へやべやの夜を流れる細き風はくるしみ括るリボンの靡き（山下泉）

夜の空間を流れる風とリボンに苦しみと慰謝を託した一首をモチーフに、佐藤は、母を亡くした（たぶん十三歳ぐらいの）少女のある夕べの物語を紡ぎ出す。「ぬるい風の手」というのが死んだ母の霊だ。「風に語りかけながら」祭りに行く少女は「本の見よう見まね」で紺の浴衣をまとい「白いリボン」で髪を結ぶ。すると、

（……）風は私のうなじをかるく押す。ありがとう。でも。

　パパはもうじきに再婚するんだよ。

　とりどりの古いリボンたちを、どうしたらいいだろう。燃やしてしまおうか。そうしたら、風の中のママが悲しむ。考えながら、かたかた歩く。露店のあかりが、広場のざわめきが、誰にも言えない秘密のように、近づいてくる。（「五十五」末尾部分）

可憐な少女の憂愁の物語は、歌のトポスから発生した静謐な抒情詩だ。

（メディアファクトリー、一六〇〇円＋税）