ああ！新世界

（「Quartette」第２号）

山田兼士

猛暑のなか大阪フェスティバルホールへ

一時間ほど早く到着して

ホール内を散策　三階ロビーに

過去の国際フェスティバルの写真を発見し

一九七四年の写真に目を奪われた　その年ぼくは二一歳

初めてこのホールを訪れた（ああ！新世界）

この日のプログラムは「三大交響曲」の饗宴

｢未完成｣「運命」「新世界｣を大阪フィルが熱演

唐突に思い出したのは

｢ああ！新世界」だ

フランキー堺主演のドラマは

倉本聰の脚本　これも一九七四年だ

一〇年のブランクを経て一日だけ楽団に復帰した主人公が

演奏（待機）中に辛い過去を思い出すのだが

彼が担当するシンバルの出番は一度だけ　

音一つだけ

暗い思い出に浸る主人公はつい

その一音を鳴らしそこねてしまった（ああ！新世界）

その一音は最終楽章のフィナーレのところだ

と勝手に思い込んでいた

実はもっと前の方にある

弱音で繊細にコントロールする

プロにしか出せない音に

彼は人生を賭けていたのだ（ああ！新世界）

四二年もの後に

ぼくは初めて気づいた　その微妙な音と心の揺れに

三〇年ほど前　大学構内で垣間見た

その俳優の表情ゆたかな

歩きぶり語りぶりが　その声が

ありありと甦ったのだ

ああ！新世界