『ゴールデンアワー』補遺三篇

四元康祐

　　妖怪人間ベム

あまり真剣に観た覚えはないんだけど

「はやく人間になりたぁい」とうめきながら

ベムだかベラだかが暗黒の世界を這いまわる様子は

妙にぼくらの琴線に触れたと言おうか

毎月の給料と引き換えに出張ばかりしていた親父までが

たまの休日そんな科白を口にしては笑っていた

これからもう一度やり直せるとしたら

あの時代をどう生きるだろう

サリドマイド　砒素ミルク　水俣　枯葉剤

地下まで降りてゆかずとも

日常のなかへ異形は侵入してきた

母たちはトイレットペーパーの買い置きで忙しかったが

たしか彼らは悪を積み重ねることでしか

救済に辿りつくことができなかった

それを自覚しているところに哀しみがあったのだけれど

もう人間になってしまっていたぼくらは

なにを求めて生きていたのか

団地の屋上一面に白いシーツが翻っている

乾ききっているかと見えたそれはまだびしょ濡れで

べっとりと手足に纏いつくのさ

　　サンダーバード

宇宙船だとか潜水艦なんかもあったと思うけど

ぼくが一番好きだったのは

地底探検車だったな

先についた巨大なドリルがぐるぐる廻って

地面に潜りこんでゆくのを見るとぞくぞくした

アニメでもなければ本物の世界でもない

精巧な模型を実写した画面がなんとも異様だった

木の肌をした人形の目玉がぎこちなく動いて

そいつが妙に生々しかった

サンダーバードを観るのは

いつも夕暮れだったような気がする

それも雨雲の垂れこめた

地底探検車のおもちゃを持って

ぼくは誰もいない離れの座敷に立っている

ときどき表から自動車の音が聞こえてくるけれど

それもすぐに静まりかえる

座敷の薄暗い隅っこには透明なケースがあって

なかから硝子の動物たちがじっとこっちを見つめている

いまここにぼくがいることをだれもしらない

ドリルの先をぐるぐると廻しながら

からだの奥が熱くなってくる

もうぼくは人形

息詰まるような地面の底へと降りてゆくのだ

　　ウルトラＱ

異なる色の水がどこからともなく滲んで

なかば混じりなかば隔てられたまま

ゆっくりと渦を描いて

それが白黒であることがちっとも変ではなかった

既知のものと未知のものとの間にどんな境がひけるだろう

石垣の下で賑やかに語らっていた女たち

坂道を駆け下りる自転車

子宮のなかでまばたきする赤ん坊

空に聳える雲の尾根に

ほら、飛行機が不時着している　乗客たちは手に手に

鞄を提げてタラップを降りて

あのエキゾチックな音楽がまだかすかに聴こえているね

海豹に似た怪獣も現れるだろう

総天然色の今日の眩しさにはにかみながら