団欒

四元 康祐

父親は知らない

息子が森のはずれで

北米原住民の儀式のように

厳かにマルボロを吹かしているのを

息子は知らない

妹が洗面台の鏡の前で

蜘蛛に変えられた王女みたいに

もう一時間半も立ち尽くしていることを

妹は知らない

猫のサンチョが車に轢かれて

艶やかな桃色の腸が路上にはみ出したとき

痛みのほかになにを感じていたのか

猫は知らない

庭のトネリコの木が

烈しく葉を降りしきらせながら

屋根の向こうへ遠ざかる雲に託したものを

雲だけが

気づいている

母親の心身の奥底で

少しずつ育ってゆく白い鰐に

母親は知らない

むっつりした自分の顔が

夫の眼にどう映っているのか

夫がそこにどんな預言を読み取っているか

曽祖父の恋文とメンデルと塩鮭の名において

彼らは家族を構成する

骨と羽根の散らばる居間に集い

睦みと諍いで束の間の不死を結界する

復活した猫のサンチョが

爪を研ぎながらそれを見ている