帰郷

しからば汝はこの国に住むべからず

季村 敏夫

帝國積年ノ努力ハ悉ク水泡ニ帰シ、

事既ニココニ至レバ、

目をあげて北方をのぞめと、南溟の森でさとり、俘虜収容所から投げ棄てられ、薄汚れた日章旗にくるまれ、帰ってまいりました。北支から突如転進、命ただ奉ずるのみの南方戦線でしたが、ついに故国を汚すものとして、わたしは馬町へ、馬の皮をことごとく逆剥ぐものとして舞い戻ってきました。おなつかしい父上さま母上さま、焼き玉エンジンの音に、わたしは今、さらされております。戻ってはきましたが、ここに住むことはゆるされていません。山や川や海の光に照らされ、この身はさらされつづけて居ります。そらたかくさえずるもの、あれは雲雀ではありません。彼方には、死んだものらが潜んでいるはずですが、すでに身体がなければ詮もなし、そよぎだけがゆらぎ、まばゆいばかりです。洗っても血は落ちないと、さても西の国の教えにはありましたが、わが身に染みこむ他人の血、襤褸の下の血の臭いに戸惑う国びとのなか、父上さま母上さまのお姿はすぐに探し当てることができました。なぜ戻ったのか、なぜ帰ってきたのか。大君の醜の御楯を踏みつけ、足蹴にして帰還したもの撃つべし、この国に住むべからずとの罵りを抱くものには、やすらかな眠りなどもはやあろうはずはありませんが、目をあげて北方をのぞめば、一途な視線となってたたずむ父上母上さまのお姿に触れ、これは夢かやと、おもわず春風にひれ伏してしまいました。

帝國積年ノ努力ハ悉ク水泡ニ帰シ、

事既ニココニ至レバ、

（連作「歌のほとりで」）