小野十三郎と『山河』

（復刻版『山河』別冊より）

山田兼士

　小野十三郎の「戦後詩」は一九四六年四月創刊の詩誌『コスモス』から始まる。編集同人に小野十三郎、岡本潤、金子光晴、秋山清が名を連ねたこの雑誌は、以後、一九四八年十月に第十二号を出して一旦終了し（第一次『コスモス』と呼ぶ）その後一九四九年十二月に復刊第一号（通巻第十三号）を刊行するが、小野がおもに活動したのは「第一次」の二年半ほどの間であり、ここで重要な詩と詩論を次々と発表している。第一次『コスモス』に小野が掲載した作品を号数と共に列挙してみよう。

第一号（一九四六年四月）詩｢大海辺｣評論｢一時代前の詩人の中から｣

第二号（同年六月）「詩論１８４〜１９９」

第三号（同年九月）詩「農村のことども」評論「宮沢賢治の韻律」

第四号（同年十二月）詩「帰郷者」「詩論２００〜２１０」

第五号（一九四七年五月）詩「冬の旅」（短詩五篇）

第七号（同年十月）「詩論２１１〜２３１」

第八号（同年十二月）詩「影絵の国」

第九号（一九四八年一月）評論「抵抗（一）続詩論」

第十一号（同年五月）詩「Disperato」「Afflizione」

　小野のこうした活動が戦後すぐの時期にどれほどの影響力を詩壇にもたらしたか、また、同人相互の論争や葛藤がどのような成果をもたらしたかについて、筆者はすでに拙著『小野十三廊論　詩と詩論の対話』（二〇〇四年、砂子屋書房）「第六章《コスモス》を読む」に詳述しているので繰り返さないが、これらの諸作品が二冊の詩集『大海辺』（一九四七年一月）『抒情詩集』（同年六月）それに代表評論『詩論』（同年八月、真善美社版）に結晶したことは改めて記しておきたい。

　小野はこれら以外にも「コスモス雑記」と題された短文等を随時書いているが、号を重ねるにつれて次第に中心から離れていっている印象は否めない。大阪在住のため直接編集に携わるのは困難だったのだろう。また、この間に『日本未来派』（一九四七年）『詩文化』（一九四九年）の創刊、『歴程』の復刊（一九四七年）等があり、『コスモス』にのみ活動の拠点を置くわけにいかなかった事情もあるだろう。そうした時期にあってなお、大阪で創刊された詩誌『山河』が小野十三郎にとって新しい刺激と感じられたことはおよそ想像がつく。

　高知の詩人岡本弥太を顕彰する目的で浜田知章によって創刊された詩誌『山河』（岡本弥太の未刊詩集にちなんだ誌名）は、一九四八年四月（まるで第一次『コスモス』を追うかのように）創刊、一九四九年七月に第八号が出て当初の目的を達したわけだが、その翌年、小野十三郎年譜十二月二日の項に「浜田知章の案内で高知の「岡本弥太忌」に行く。その帰途、浜田に彼の個人誌『山河』の継続問題をたずねた」（寺島珠雄「小野十三郎年譜」『定本小野十三郎詩集』一九七九年、立風書房、所収）とあるように、小野の促しが少なくとも呼び水になって、『山河』は同人誌として新たに出発することになる。一九五一年四月のことだ（通巻第九号、復刊第一号）。発行は浜田知章、編集は長谷川龍生である。この時の浜田の証言を寺島珠雄の「小野十三郎年譜」（同右）から引用する。

〈小野十三郎は同人誌『山河』の創刊（１９５１年４月）から同人として参加しています。（同人連名に）名前が出ていないのは師弟の間柄である長谷川龍生の配慮で、ぼくに相談があったのだ（中略）そこで相談役というか、そういう形で合評会にも自由に参加してもらうことにしたのだった。小野も了解したし、同人費も免除ということになったのだが……浜田知章、編者あて回答。〉

　実質上、同人兼相談役、というのが小野の立場だったようだ。その『山河』復刊第一号に小野が載せた詩「燈台」を全文引用しよう。

日本の

夜の霧の暗さは

はかりがたい。

いかなる光がそこまで達するか。

あまりの暗さに

山上の

城の櫓に

何千燭光かの照明をいれて

城全体を煌々たる燈台にしてしまつた町が

四國にある。

その灯(ひ)はわずかに

塩飽諸島から

豊後灘へ

とどいているが。

　戦後間もない頃の日本の暗い世情を風景に託した作品と読まれるが、興味深いのは、この詩が一九五二年十一月刊行の詩集『火呑む欅』に、『コスモス』第十一号（一九四八年五月）掲載の詩「Disperato」「Afflizione」と並んで、収録されていることだ（ただし、『火呑む欅』中では、本文末尾「とどいているが。」は「とどいている。」に修正されている）。ここに、『コスモス』から『山河』へという小野の重心の移動が垣間見られるのではないだろうか。『山河』復刊当時、小野は四十八歳。ちなみに、浜田知章三十一歳、長谷川龍生は二十三歳である。

　ここで、小野が『山河』に発表した作品等を号数と共に列挙してみよう。

第九号・復刊第一号（一九五一年四月）詩「燈台」

第十四号（一九五二年十二月）短章「みりんぼし」「火」

第十七号（一九五五年一月）詩「ハマスゲの大たぶさ」

第十九号（一九五五年九月）短文「哀悼」（湯口三郎追悼）

第二十号（一九五六年一月）詩「地平のはてまで」

第二十二号（一九五六年十二月）評論「純粋な感情なんてものはない」

第二十三号・第二次第一号（一九五七年八月）詩「空想旅行」

　全十五冊中七冊に原稿を寄せている。ほぼ二号に一度の割合で、それなりに「同人」の役割を果たしていたことが分かる。この間に同人相互間や社会や詩壇との関わりの中で、様々な紆余曲折があったことは、別項解説に詳しいのでそちらに譲るが、その都度「相談役」として、また、まとめ役としての小野の役割は決して軽くなかったはずである。特に、『山河』の存続が危ぶまれた第二十三号では自ら「編集者」を引き受けて「第二次」を開始し、次の編集態勢へと受け渡すことで、『山河』における自身の役割を終えて離れていく。

　したがって、小野の『山河』との関わりは一九五一年から五七年までの約六年間ということになる。また、『山河』自体はこの六年の間に全十五冊出ているので、年平均三冊のペースである。比較的ゆるやかなペースの中で、折りをみて作品を提出した、という感じだ。

　ところで、雑誌掲載作品が作者にとってどの程度重要であったかを計る目安として、その作品が後に刊行された詩集に収録されたかどうか、また、どのような扱いで収録されているのか、といった点を挙げることができるだろう。まず、第九号掲載の「燈台」が詩集『火呑む欅』（一九五二年）に収録されたことはすでに見た。次に、第十四号掲載の「短章」と題された二篇「みりんぼし」「火」は詩集『重油富士』（一九五六年）に、第十七号掲載の「ハマスゲの大たぶさ」も同詩集に収録、さらに第二十号掲載の「地平のはてまで」も同詩集に収録されている。（筑摩書房版『小野十三郎著作集』第一巻所収の寺島珠雄による「編注」には、奇妙なことに、『重油富士』の項に続く「補遺�･」の部分に「地平のはてまで」が挙げられ、初出の『山河』第二十号のことが記されている。「地平のはてまで」は『重油富士』に収録されているので、この「補遺」での扱いは不可解である）。

　以上のように、『山河』における小野十三郎は、これに先立つ『コスモス』の場合ほど濃密ではないにせよ、後に詩集『重油富士』に収録された諸作品に見られるように、相応の力を込めた、また、その時期に重要視していたモチーフや手法を用いた作品を、ある程度持続的に書き続けていたことがうかがわれる。寺島珠雄による「小野十三郎年譜」（立風書房、前掲）には、一九五七年四月の項に「『山河』編集会議を十三郎宅でひらく。浜田知章、港野喜代子、井上俊夫出席。十三郎は全同人が力作を寄せることを強く望んだ」とあって、『山河』に対する小野の期待のほどがうかがい知れる。出席者の中に長谷川龍生がいないのは、この時すでに東京に移住していたためであり、代わって、『山河』にサークル詩を組み入れることで「新風」を巻き起こしつつあった井上俊夫が加わっていることが注目される。港野喜代子は創刊当初からの中心メンバーだ。

　実際、この会議の直後に出た第二十三号には「編集者」として小野十三郎の名が掲げられ、小野自身、この時期にはめずらしく長めの詩「空想旅行」を巻頭に掲載してもいる。小野にしてはかなりの長篇であり、この時期に特有の異郷性が遺憾なく発揮された秀作と呼んでいい。ところが、この作品は、なぜか後のどの詩集にも収録されていない。この作品名は、一九七五年刊行の『自伝　空想旅行　日は過ぎ去らず』（朝日出版社）の表題を思わせるものだが、この本にも（エッセイ集だから当然ともいえるが）詩「空想旅行」は収録されていない。また、前掲の筑摩版『著作集』の「補遺」にも収録されていないし、立風書房版『全詩集』の「年譜」にはそもそも『山河』第二十三号についての記述そのものがなく、一九五八年六月の項に「『山河』二十四号発行。発行所はユマニテ書店から浜田方へ、編集は山河グループと変更されている。十三郎の執筆はなく、十三郎は二十三集までで退いたと浜田の見解。」となっている。つまり、なぜか寺島珠雄は二十三号についての記述を怠り、それに伴って詩「空想旅行」をもまた「なかったこと」にしているのだ。ちなみに、一九七九年に出た限定一五〇部の冊子『資料・小野十三郎　２』（寺島珠雄編、叢書・詩債庫）には詩「空想旅行」が収録されていて、巻末には小野自身による「感想」まで収録されているので（「空想旅行」への言及があるわけではないが）、謎は深まるばかりである。「空想旅行」が『全詩集』（一九七九年）にも『著作集』（一九九〇年）にも収録されていないことが故意か偶然かは分からないが、小野が『山河』に発表した中で最も長い作品をこのまま「なかったこと」にしておくわけにはいかない。以下に全文を引用する。

　　空想旅行

木も草も

みな赤ちやけ枯れている

硫酸銅の煙害で

裸かになつてしまつた島に

おれはいた。

いつか君と船で通つたとき

ここは人間はとても棲めまいと思つていたが

なんのそんなことがあるものか

干割れた丘の上に

カマボコ式の高層集団住宅が二棟

陽をまともに受けていた。

また、あるとき、おれの前に

夜目にもしるく日本海の白波がよせてはかえしていた。

あたりにはコウボウムギが風にそよいでいて

おれは歩きながら

そこで長年砂丘ラツキヨやチユーリツプの球根を

　栽培している老人から話をきいていた。

ラツキヨやチユーリツプの話ではない。

老人は彼の年若い不貞な女房のことをおれに語つたのだ。

北の工場に行つたときも

南の大学に招かれたときも

人々はただ暮しのことがら

生活の中にあるさまざまな人間意識についてしか語らなかつた。

太平洋岸の大松林の中にある結核療養所で

絶望的な重症患者は何を話したか。

それは喰物がまずいということであつた。

おそろしく青ずんだ空の奥で

とんびが輪をえがいている

癩の島で

カニユーレをはめた湿性癩の男が

おれをつかまえて

はじめからしまいまで

話しつづけて飽きなかつたのが

女のことであつたのも

よう忘れん。

　この詩は連分けこそないものの五つの部分から成り、それぞれ詩人の（空想）旅行の様子を描いている。炭坑の島、砂丘、講演旅行全般、結核療養所、癩病棟の島である。そのいずれの場合にも、人々は日常の些事にかまけ不条理なほど身近な出来事に心血を注いでいる。その様子を非情の筆致で描く小野は、しかし、これら生活者の日常を批判しているわけではない。むしろ、いかなる状況においても日常生活にこだわる人々のある種の健やかさ強かさを炙り出してもいるわけだ。小野は、この当時模索していた新しいリアリズムの手法を、この作品において十分に展開しているように読まれる。一九六二年刊行の詩集『とほうもないねがい』はやや特殊な詩集なので措くとしても、一九六六年刊行の詩集『異郷』のテーマ系列に収まる作品であって、詩集刊行時に淘汰されるべきでなく、まして、「補遺」を含む全詩集に収録できない作品とは決して考えられない。

　この点に筆者がこだわるのは、『山河』への小野の情熱を、詩集未収録作品を含むからといって、決して差し引くべきではない、と考えるからである。振り返って、小野が『山河』に注いだ情熱は断じて軽んじられるべきではない、ということだ。この点については、一九五四年創設の大阪文学学校をはじめ、多くの局面で指導的立場にあったこの時期の小野が、少なからぬ「弟子筋」の詩人たちを『山河』に送り込んでいることも、傍証になり得るだろう。

　ここで、小野の『山河』時代の文学活動社会活動を（寺島珠雄による年譜に従って）手短に紹介しておこう。まず、『山河』と並ぶ重要な詩誌『詩文化』（一九四八年八月創刊、不二書房）がある。小野が中心に編集し、竹中郁、安西冬衛ら関西の代表詩人たちが参加したこの雑誌は、一九五〇年十一月刊行の第二十一号で終刊した。小野にとってはちょうど『コスモス』時代と『山河』時代の間を埋める詩誌だった、ともいえる。同年六月には大阪で小野を講師とする「夜の詩会」が発足し、若い詩人たちの育成に励むとともに四年間にわたって機関誌を刊行している。その流れの中で一九五一年六月には第二次『働く人の詩』呼びかけ人となって顧問格に着き、一九五四年四月には松岡昭宏企画による「大阪詩の教室」講師を勤め、これがさらに同年七月創設の大阪文学学校となり、小野は初代校長に就任する。これに先だって、一九五二年四月には帝塚山学院短期大学文学部講師になっており（後に教授）、以後、さらに長い年月にわたる文学生活の基盤がほぼ固まった。執筆活動も盛んで、単行本だけでも、先に挙げた詩集『火呑む欅』（一九五二年）『重油富士』（一九五六年）のほかに『大阪』増補決定版（一九五三年、大阪市民文化賞受賞）、評論集『短歌的抒情』（一九五三年）、同じく『現代詩入門』（一九五五年）と続き、詩誌だけでなく一般の雑誌や新聞への寄稿も多い。五十歳を越えてまさに多産の時期を迎えるのである。この頃のことを後に振り返った文章が自伝的エッセイ集『奇妙な本棚』（一九六四年、第一書店）に収録されているので、要約しながら紹介しておこう。

　小野はこのエッセイの中で、「夜の詩会」から大阪文学学校発足当初の頃を通して、『山河』の詩人たちとの交流も含め、多くの「若い文学愛好家と知り合った」と述べ、加えて、週に一度大学で教えている「若い女性」や、家庭には「貧しいながら青春期を迎えた者が三人もい」る状況を「雲間からパッと一すじの光りが降りている野面を見るような収穫の季節であった」と認めつつも、「詩や文学の問題に即して考えると、わたしはほんとうに若い世代に共感していたとも云えないし、また若い世代の作家や詩人が、わたしの作品に見られる物の考え方や感じ方に対して全面的に同意していたとも思えない。最後まで互いの間に違和感がつきまとうことはどうしようもないのである」と、正直に世代間の違和を表明している。さらに続けて、小野は「自分と同じ世代の詩人たちの詩に対する違和感」をむしろ積極的に求め、「同じ世代の人間だからわかる」という考え方感じ方から成る詩から「できるだけ遠いところにいたい」とし、次のように述べている。

しかもそれであって、若い世代に到達することは不可能だとすれば、わたしは古い仲間の中にあって、自分独自の物の考え方や感じ方を編みだす他に方法はない。いいかえれば、まるで大人げないと思われるくらいの突拍子もない試みを通じて、同世代の仲間からあいそをつかされ、見放されてしまうようになることである。それでないと、わたしにもなお詩があるという実感がどうしても湧かないのだ。過去のある時代に書きつづけてきた作品が、いま書いている作品よりもすぐれているとか魅力があるとか信頼できるとか他人から云われても（たとえば詩集「大阪」をもってわたしの代表作と見なすごとき）わたしにとってはなんの意味もなく、ふりかえってみもしないのは以上のような理由による。

　ここには、詩についての共鳴よりむしろ違和を重視する、過剰なまでの小野流リアリズムが示されているように思う。同世代にも違和、若い世代にも違和を求める、異化のコレスポンダンスへの志向である。若い詩人たちより四十年あまりも昔から詩を書き続けている自分の詩が「なんの違和感も抵抗感もおこさず、そのままに受け入れられているとするなら若い世代なるものは存在しない。いまの五十代、六十代の詩人の歌なんかかれらにとって少しもおもしろくなくってあたりまえだ」とまで（まるで啖呵を切るかのように）断言する詩人の姿勢は、共鳴より違和に、同調より抵抗に、同意より葛藤に重きをおく、アナーキスト時代の詩人となんら変わっていない。そのラディカリスムこそ、小野が詩誌『山河』（の若い詩人たち）に求めた基本姿勢であり、自ら彼らとの葛藤によって実践を試みた抵抗と異化の詩学の根源的態度だった、といえるのではないだろうか。

　小野十三郎は一九五七年八月刊行の第二十三号で『山河』から退いたが、小野の影響力がその後にもなお続いていたことは、「第二次」の執筆陣を見れば明らかだ。それ以前から、牧羊子（第九号から第二十号まで参加）や越智一美（第十一号から第十六号まで）といった若い詩人たちを『山河』に「紹介した」（『座談　関西戦後詩史』一九七五年、文芸大阪出版協会、所収「関西戦後詩の素描」での小野の発言）前例があったが、小野自身が『山河』を退いた後にも、小野とのなんらかの繋がりが縁で『山河』に参加した詩人は数多かった。中でも特筆すべきは、富岡多恵子（第二十四号から二十九号まで）倉橋健一（二十九号から三十三号まで）野村修（二十九号から三十三号まで）だろう。

　富岡多恵子は大阪女子大学（現・大阪府立大学）在学中に近所にあった帝塚山学院の小野十三郎を訪ねて自作を読んでもらったのが縁で、詩人として活躍するようになり、『山河』に参加して間もなくＨ氏賞受賞、やがて東京へ移住するのだが、それまでの一年半ほどの間、『山河』をホームグラウンドに活躍した。およそ『山河』の主流とはなり得ない作風でありながら、浜田知章らとそれなりに同人の役割を分担し合った背景には、浜田の包容力と同時に、やはり小野十三郎の影響力（というよりこれも包容力というべきか）があったと推測される。

　倉橋健一と野村修はともに、『山河』の活動末期に中心的役割を果たし、その後も、いわば「山河精神」を発展的に継承した俊英である。ドイツ文学者・詩人としての野村修（一九三〇ー一九九八年）の活動は、独自の詩作とともに、ブレヒトやベンヤミンの翻訳と研究に結実するし、詩人・評論家としての倉橋健一（一九三四年―）は、その後長く関西を中心に現代詩壇を牽引する働きを続けている。ここではこれ以上触れないが、いずれも若き日に小野十三郎の詩と詩論に大きな影響を受け、大阪文学学校での活動等を通じ、小野詩論を継承しつつ独自の詩世界を切り開いていった。富岡多恵子も含めて、いずれも小野十三郎との出会いと交流がなければ、少なくともこのようなかたちでの文学的実現はあり得なかったのではないか。

　小野十三郎の『山河』とのかかわりを直接間接に示す事象を述べてきたのだが、振り返ってみると、小野の文学と生活の諸相における包容力の大きさをあらためて思わざるを得ない。戦後の関西詩壇を実作と理論の両方で牽引した『山河』詩人たちの山脈からは、常に小野十三郎という山容が展望されていたのである。