萩原朔太郎の詩碑（「樹林」2011年冬号）　　　　　　　　　 　

　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　山田 兼士

二〇一〇年一〇月三〇日午後一時

朔太郎の詩碑は雨に濡れていた

広瀬川白く流れたり

時さればみな幻想は消えゆかん

石に刻まれた詩句はイロニイだろうか

文学館の前では痩身の朔太郎像が

河畔に立ち並ぶ詩碑の群れを睥睨していた

｢広瀬川」は次のように続くのだった

われの生涯(らいふ)を釣らんとして

過去の日川辺に糸をたれしが

ああかの幸福は遠きにすぎさり

ちひさき魚は眼にもとまらず。

歌っているが謳ってはいない

詩人は郷土を憎悪し呪詛さえしたのだから

――さびしき椅子に「復讐」の文字を刻みたり

復讐は果たされたのだろうか

雨傘をたたみ文学館に入る

展示資料を横目に見ながら

萩原朔太郎賞贈呈式会場に入る

受賞詩人の記念講演はピアノを弾きながら

｢おわあ、こんばんは｣を朗読しながら

現代音楽風のアドリブを奏でると

オノマトペの猫たちがつまずくように踊り出した

詩「天景」は自分で作曲したとのこと

しづかにきしれ四輪馬車、

ほのかに海はあかるみて、

しづかにきしれ四輪馬車。

｢し｣音を繰返すリズムは素朴だが執拗

（死？　それとも詩？）

やがてメロディは空の高みへ昇るよう

ソプラノの天上へと昇っていき

光る魚鳥の天景を、

また窓青き建築を、

しづかにきしれ四輪馬車。

空に昇って光って消えたのは

詩人の魂に化合した

受賞詩人のホザンナか

朔太郎のもう一つの詩碑が宙に建てられたのだ