オノマトペとリフレイン

――萩原朔太郎と中原中也の愛唱性を探る

（「日本現代詩歌研究」第１０号、２０１２年、日本現代詩歌文学館）

山田兼士

　詩の愛唱性ということで最初に思い当るのは北原白秋だろう。短歌、俳句、童謡についてはいうまでもなく、詩作品においても独自のイメージ喚起力に富むそのリズムとメロディは、「新体詩抄」以後もっとも輝かしい詩的音楽の達成だった。もちろん、日本古来の五音七音の定型律があってのことである。これに対し、おもに萩原朔太郎以後、文語定型律を放棄した日本近代詩が音楽を志向する場合、「内在律」というような曖昧な観念を別とすれば、頼れるのはオノマトペとリフレインだけだった、と筆者は考えている。その｢音楽｣をも放棄せざるを得なかった戦後詩の事情はひとまず措くとして、戦前においてこの二要素を最大限に生かして口語自由詩に「音楽」をもたらしたのが萩原朔太郎と中原中也、それに宮沢賢治と草野心平だった。ここでは朔太郎と中也の代表作に見られる音楽性＝愛唱性を、オノマトペとリフレインに限って検討していきたいと思う。

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　大正七年一月から四月にかけて、萩原朔太郎は雑誌「詩歌」「文章世界」等に計九篇の詩を発表したのを最後に、その後ほぼ三年にわたって詩作から遠ざかっている。この三年間の沈黙を境に、それ以前に発表され、後に詩集『青猫』（大正十二年一月）に収録された作品群を「青猫前期」、大正十年以後に発表され、同じく『青猫』に収録された作品群を「青猫後期」と呼ぶのが、朔太郎研究者の間で通例となっている。このうち、おもに前者を｢感覚的鬱憂性｣（『青猫』序）の詩、後者を「思索的（の）鬱憂性」（同）の詩と見ることは、作品の内容やスタイルから見てほぼ妥当だろう。朔太郎自身は｢私の最近の生活は（中略）より多く思索的の鬱憂性に傾いてゐる｣（同）とした上で「意志と無明」の章のみを例示しているが、この指摘は「青猫後期」作品全体にほぼ適用できるだろう。｢さびしい青猫｣｢閑雅な食欲」｢意志と無明」｢艶めける霊魂｣の全四章三十七篇が概ね「思索的鬱憂」の詩、前半の二章｢幻の寝台｣｢憂鬱なる桜｣計十八篇が｢感覚的鬱憂｣の詩、ということになる。

　詩「鶏」は「青猫前期」＝「感覚的鬱憂性」詩群のほぼ最後に書かれた作品であり、「感覚的」という性質が全面に出た典型と考えられる。

しののめきたるまへ

家家の戸の外で鳴いてゐるのは鶏(にはとり)です

声をばながくふるはして

さむしい田舎の自然からよびあげる母の声です

とをてくう、とをるもう、とをるもう。

朝のつめたい臥床(ふしど)の中で

私のたましひは羽ばたきをする

この雨戸の隙間からみれば

よもの景色はあかるくかがやいてゐるやうです

されどもしののめきたるまへ

私の臥床にしのびこむひとつの憂愁

けぶれる木木の梢をこえ

遠い田舎の自然からよびあげる鶏(とり)のこゑです

とをてくう、とをるもう、とをるもう。

恋びとよ

恋びとよ

有明のつめたい障子のかげに

私はかぐ　ほのかなる菊のにほひを

病みたる心霊のにほひのやうに

かすかにくされゆく白菊のにほひを

恋びとよ

恋びとよ。

しののめきたるまへ

私の心は墓場のかげをさまよひあるく

ああ　なにものか私をよぶ苦しきひとつの焦燥

このうすい紅(べに)いろの空気にはたへられない

恋びとよ

母上よ

早くきてともしびの光を消してよ

私はきく　遠い地角のはてを吹く大風(たいふう)のひびきを

とをてくう、とをるもう、とをるもう。

　目覚めた直後の憂鬱な感覚をそのまま念写したかのような作品だが、中でも「とをてくう、とをるもう、とをるもう」という擬声語(オノマトペ)が非常に印象的だ。しかし、実はこの部分は自筆草稿では「とうてく、もうとろ、とうてく、もうとろ」となっていた（筑摩版『全集』第一巻「草稿詩篇　青猫」）。後に朔太郎は『明治大正文学全集　萩原朔太郎篇』（昭和六年）所収の「自註」に、「鶏の朝鳴を、私は too-ru-mor, too-te-kur といふ音表によつて書き、且つそれを詩の主想語として用ゐた」と書いている。

　作者が｢詩の主想語｣とまで言い切っているこの「音表」が、実はそう単純に得られたものでないことは、草稿中の異稿からうかがい知ることができる。草稿中の「とうてく」以下が四音節×４であるのに対し、定稿の「とをてくう」以下は五音節×３のリズム構成だ。もし詩人が最初に聞き取ったままの「音表」が「とうてく」以下の四文節だったとしたら、決定稿ではこれを日本語の詩的リズムへと昇華させるだけの意匠をまとわせたことにはならないか。少なくとも、｢とをてくう｣を聞いたままの――「感覚的」なだけの――音と捉えるのは少々単純すぎるのではないだろうか。朔太郎は続けて、

元来、動物の鳴声、機械の回転する物音などは、純粋の聴覚的音響であつて、言語の如く、それ自身の意義を説明する概念がないのであるから、聴く人の主観によつて、何とでも勝手に音表することが出来るわけである。

と述べた上で、猫の鳴き声を「おわああ！　おぎやあ！」（「猫」）、兵士等の靴音を「づしり、ばたり。どたり、ばたり」（「軍隊」）、柱時計の時報を「じぼあん・じやん！　じぼあん・じやん！」（「時計」）、夜鳴きする犬を「のをあある　やわあ！」（「遺伝」）として「音表」した、と書いている。これらのオノマトペがすべて「聴く人の主観によつて、何とでも勝手に音表することが出来る」ものであることは事実としても、「主観」が直観あるいは「感覚」そのものであることにはならない。むしろ「感覚」表現に作品構成上の意匠を加えた構造体と見るのがより正確なのではないだろうか。朔太郎が「自註」に挙げている五篇のうち「猫」が『月に吠える』収録作品、「時計」が「青猫以後」（昭和十一年刊の詩集『定本青猫』に収められた『青猫』刊行以後の作品群を指す）の作品であることを考えれば、萩原朔太郎にとってこのような「音表」＝オノマトペの構成は生涯にわたる重要課題であったことが推察される。

　詩「鶏」は全四連構成になっているが、第三連「恋人よ」以下の六行は音楽でいうところの間奏曲(インテルメッツォ)の役割を果たしており、これを除く三部構成と見ることもできる。そうすると、各連最終行のオノマトペはリフレインの働きを果たしていることになる。第一部で家の外（つまりすぐ身近な場所）で鳴いていた鶏が第二部では「自然からよびあげる」（つまりより遠くの自然界からの）声となり、第三部では「遠い地角のはてを吹く」（つまりさらに遠い世界の果てからの）「大風(たいふう)のひびき」へと展開している。その展開に伴って、同じオノマトペの繰り返しは同じ意味内容に止まらず、より増幅され強化された音響言語へと変化していることになる。リフレインの意義はまさにそこにあるのであって、同じ意味表現の繰り返しが、「それ自身の意義を説明する概念がない」（右引用）からこそ、異なる意味内容へと変化を遂げているのである。オノマトペにこめられたニュアンスの劇的変化、と呼べばいいだろうか。そのような発展と変容の可能性を秘めた言語が「とをてくう」以下のオノマトペだった。

　先に触れた草稿を見ると、後半部分が定稿とずいぶん異なっていて、詩人がどうにも筆が進まず苦労している様子がうかがわれる。詳細については『全集』第一巻四一二頁を見て頂きたいのだが、その要点のみを述べるなら、家の外→自然界→世界の果てへと展開して行く気配が感じられないのだ。その要因が「とうてく、もうとろ」のオノマトペにあることは間違いない。四音節×４の停滞したリズムではどうにも先に広がって行けない、そんな印象を与えずにいられない。想像でいうしかないのだが、「とうてく、もうとろ」の（感覚的）四音節リズムが「とをてくう、とをるもう」の（思索的）五音節リズムへと洗練＝昇華された時、初めて鶏のオノマトペは外へ、自然へ、世界へと拡張していくエネルギーを獲得した。それと同時に、連分けなしで単調に書き連ねられていた詩句の連なりが、三（あるいは四）部構成を明確にすることで、オノマトペとリフレインの相乗効果を得ることができ、全体として建築的構造と音楽的流麗を兼ね備えた作品へと変容することができた。（本稿執筆後、世田谷文学館で開催された萩原朔太郎展を見る機会を得た。多くの自筆原稿と共に詩｢鶏｣草稿も展示されており、その詳細を確認することができた。草稿では「とうてく、もうとろ」が行間に間の手のようにして書き込まれており、執筆の途中で挿入されたように見える。つまりこのオノマトペは、執筆当初には未だ存在していなかった。）

　ここに萩原朔太郎の創作の秘密が見え隠れしていないだろうか。試みに、朔太郎が自ら挙げている他の四つのオノマトペ詩篇についても検討を加えれば、同様の発展様式――オノマトペとリフレインによる音楽的展開――が透視できるだろう。少なくとも、朔太郎自身が『詩の原理』で苦しげに説明している「内部韻律(インナアリズム)」などよりは、よほど明確な自由詩の音律の実例になるはずだ。案外、「内部韻律(インナアリズム)」の正体はこのあたりにあったのかもしれない。

　（一つだけ補足すると、筑摩版『全集』第十五巻「索引」の項では、詩「鶏」は「に」欄ではなく｢と｣欄に分類されている。つまり、「にはとり」でなく「とり」と読んでいる。定稿では第二行｢鶏｣に｢にはとり｣のルビが、第十三行の「鶏」には「とり」のルビが付されているので、朔太郎は｢鶏｣に二通りのルビを与えていたことが分かる。だが、大正七年「文章世界」誌一月号掲載時には第二行に｢庭鳥(にはとり)｣とあり、さらに第十三行に「鶏(とり)」とあるので――つまり「鶏」に「にはとり」のルビはないので――全集編者は「鶏」を「とり」と読むべきと判断したのかもしれない。「庭鳥」とはいかにも朔太郎らしい表記（誤記？）といえなくもないが、詩集刊行時に「庭鳥(にはとり)」を「鶏(にはとり)」に改めるに際して著者の意志が反映していないとは考えられないので、たとえ第十三行に「鶏(とり)」の表記があるにせよ、タイトルの「鶏」を「にはとり」と読んでいけない理由にはならない。推測を加えるなら、第十三行の「鶏」を「とり」と読むことで、この一行は七音・五音・五音・七音となり、「にはとり」と読むよりずっと音楽的に聞こえるだろう。朔太郎の「自由律」の中に潜在する五七のリズムを夙に指摘したのは菅谷規矩雄だったが、このあたりにも「内部韻律(インナアリズム)」の秘密が潜んでいるのかもしれない。筆者としては、タイトルの「鶏」は「にはとり」と読むのが、より蓋然性が高い、と結論づけておく。）

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　中原中也のオノマトペで最もよく知られているのは詩「サーカス」（「生活者」昭和四年十月号初出、『山羊の歌』昭和九年、所収）の「ゆあーん ゆよーん」だろう。これまで何度も繰り返し様々に論じられてきた作品だが、敢えてここで取り上げるのは、オノマトペとリフレインの相乗効果、という本稿のテーマにいくらかの普遍性をもたせたいためである。

幾時代かがありまして

　　茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして

　　冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして

　　今夜此処での一(ひ)と殷盛(さか)り

　　　　今夜此処での一と殷盛り

サーカス小屋は高い梁

　　そこに一つのブランコだ

見えるともないブランコだ

頭倒さに手を垂れて

　　汚れ木綿の屋蓋(やね)のもと

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

それの近くの白い灯が

　　安価(やす)いリボンと息を吐き

観客様はみな鰯

　　咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻と

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

　　　　　屋外(やぐわい)は真ッ闇(くら)　闇(くら)の闇(くら)

　　　　　夜は劫々と更けまする

　　　　　落下(らくか)傘奴(がさめ)のノスタルヂアと

　　　　　ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

　萩原朔太郎『月に吠える』（大正六年）刊行から十二年後に書かれたこの作品では、「口語自由詩」でも「文語定型詩」でもなく「口語定型詩」が基調になっている。第一行「幾時代かがありまして」から「汚れ木綿の屋蓋(やね)のもと」までの十二行は、すべて七・五音の定型律だ。（同じ昭和四年前後、萩原朔太郎は「口語自由詩」と並行して「文語自由詩」と呼ぶべき作品群を書いている。また、『山羊の歌』が出た昭和九年は朔太郎『氷島』が出た年でもある。口語定型詩を基調とする『山羊の歌』と文語自由詩による『氷島』の同時代性は、口語自由詩の理念が早くも二極分裂を起こしていたことを示しているようだ。）

　七・五の定型律で書き連ねられてきた詩的リズムは、第十三行に来て「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」という新奇な（異様な？）リズムによって不意に断ち切られている。ここに中原中也独自の音楽性を見ることは今では定説といっていいが、これが発表された当時にはどう読まれただろうか。少なくとも朔太郎以前のような、詩＝定型という常識はすでに過去のものになっていたにせよ、詩句として相当異様に響いたことは想像に難くない。｢ゆあーん｣がサーカスの空中ブランコの揺れる様を表す「擬態語(オノマトペ)」であることはすぐ分かるとして、また、「ゆよーん」がその揺れ戻しであることも了解するとして、それにしても｢ゆやゆよん｣は驚嘆すべきオノマトペだ。音数に注目してみるなら、四音四音と来て最後に五音となるので、他の詩行の七・五音との釣り合いがここで回復することになる。｢ゆあーん ゆよーん｣の八音を「字余り」と見るならここにも七・五調が保存されていることになるが、長音二つと間の半角アキが七音への収斂を拒む壁になっているともいえる。

　中也のこの擬態語(オノマトペ)の新奇さについては既に多くの論者が指摘しているが、ここでは北川透の論考「オノマトペアと〈繰り返し〉の主題」（『中原中也論集成』思潮社、二〇〇七年）にのみ触れておこう。北川は「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」が〈ゆ〉の四度に渡る繰り返しと〈あーん〉と〈よーん〉の繰り返しから成ることを指摘した上で、「特に三句目の《ゆやゆよん》が絶妙なのは、上句の〈ゆあ〉を同時的に発音して〈や〉にし、〈ん〉と長音〈ー〉を実に巧みに省略して、上の二つの句を反復する形にしているからである」と分析する。その後、〈ゆ〉音の用例を引用することで、〈ゆ〉音を基調としたオノマトペが緩やかに揺れ動く様子を共通概念とすることを示し、併せて、〈あーん〉が子供の「だだをこねるような口調」を指すことに注目し、「《ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん》は、慣習的、規範的な幾つかのオノマトペアの概念性を解体しながら、それをみずからの内に吸収して構成された未知のオノマトペアだったのである」と結論づけている。その先を引用しよう。

それは一般に通用しうる概念性を欠いている（否定している）ために、それ単独では意味を成さないが、〈繰り返し〉をことばの音楽の主題としている、この作品のなかに置かれると、けだるい心の揺れ、ものうい気分のたゆたい、そして、幼年時へのやるせないノスタルジーといった、この詩の主題的な概念を、音楽として集約し、際立たせる働きをしているのである。

　中原中也の「ことばの音楽」の根源に触れると同時に、北川詩学の根幹にも関わると推察される解析だが、ここでは「この詩の主題的な概念を、音楽として集約し」という指摘が、先に筆者が述べた朔太郎の「詩の主想語」としての「音表」の解析とぴったり重なることに留意したい。どちらも独自のオノマトペを発明しこれを繰り返すことで未知の音楽を奏でている、ということだ。北川が指摘する中也詩の｢繰り返し｣に相当するのは、朔太郎の「とをてくう、とをるもう、とをるもう」の場合、三つの｢とを」と「とをるもう」の二度繰り返し、ということになるだろう。

　しかし、ここで筆者は、北川が見逃しているもう一つの「繰り返し」つまりリフレインに触れないわけにはいかない。なぜなら、「ゆ」音の繰り返しという以上に、「ゆあーん　ゆよーん　ゆやゆよん」が三度繰り返されている――つまりリフレインとして用いられている――点にこそ、この部分だけでなく作品全体が独自な音楽を――つまり独自の詩想(ポエジー)を――奏でている主要因があるように思われてならないからだ。

　詩「サーカス」は時の流れを主題とする詩句から始まって「今夜此処」に出現したサーカス小屋にフォーカスを絞ることで（第四連）幼年時へのノスタルジーを具体的に描写した作品だ。第五連に初めてあらわれる「ゆあーん　ゆよーん　ゆやゆよん」は、空中ブランコの揺れる様を描写すると共に、過去の一場面を呼び起こす呪術的な前奏曲(プレリュード)として、何らかの新しい気配を読者に与える効果を担っている。その後、詩句は、サーカス小屋を取り巻く「白い灯」と観客のぽかんとした顔を描くことで、いっそうその場面の臨場感を高めるのだが、ここで二度目にあらわれるオノマトペは、一旦その描写に休止符を打つかのように、あるいは間奏曲(インテルメッツォ)の一節のように、イメージを宙づりにする役を果たしている。さらに、頭五字下げて記される最終連では、サーカス小屋の外の闇が「真ッ闇(くら)　闇(くら)の闇(くら)」と独自の表記（ルビは作者自身が付けたもの）で表された直後に「夜は劫々と更け」そこに「落下(らくか)傘奴(がさめ)のノスタルヂア」という詩の主題が示される。まるでアッチェランドのようなドライブ感をもたらすこの最終連を締めくくるのが、コーダとしての「ゆあーん　ゆよーん　ゆやゆよん」である。以上のように、一度目はプレリュードとして、二度目はインテルメッツォ、三度目はコーダとして、それぞれ同じ音から成るオノマトペは、その意味内容においてそれぞれ異なった役割を果たし、そのことによって作品後半を発展させ締めくくっているのである。オノマトペとリフレインの相乗効果による音楽的展開が独自のポエジーを奏でていることは、先に見た萩原朔太郎「鶏」の場合とまったく同様である。（朔太郎のオノマトペが擬声語のひらがな表記であり中也のそれが擬態語であることは、二人の詩人の資質の違いを示唆しているようで面白いのだが、この問題については別稿に譲りたいと思う。）

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　オノマトペとリフレインについて、最後にもう一つ、今度は中原中也後期の代表作に検討を加えておきたい。没後刊行された詩集『在りし日の歌』（昭和十三年）所収の｢曇天」（初出は「改造」昭和十一年七月号）である。

　ある朝　僕は　空の　中に、

黒い　旗が　はためくを　見た。

　はたはた　それは　はためいて　ゐたが、

音は　きこえぬ　高きが　ゆゑに。

　手繰り　下ろさうと　僕は　したが、

綱も　なければ　それも　叶はず、

　旗は　はたはた　はためく　ばかり、

空の　奥(おく)処に　舞ひ入る　如く。

　かゝる　朝(あした)を　少年の　日も、

屡々　見たりと　僕は　憶ふ。

　かの時は　そを　野原の　上に、

今はた　都会の　甍の　上に。

　かの時　この時　時は　隔つれ、

此処と　彼処と　所は　異れ、

　はたはた　はたはた　み空に　ひとり、

いまも　渝らぬ　かの　黒旗よ。

「サーカス」のオノマトペの独創性と比較するまでもなく、本作の「はたはた」はまったく通常の、既成のオノマトペに過ぎない。あるいは、晩年の詩的活力の衰弱をこの点に見る向きもあるかもしれない。「旗」が「はたはた」などと、およそ新奇や未知からほど遠い平凡な描写と見られても仕方ないだろう。しかし、注意深く読めば、ここでもまた、オノマトペはリフレインによって、通常の意味作用を越えた、何か特別な新しいイメージを付加されていることに気づくだろう。

　一文節ごとに一字アキを用いた書法は西洋諸言語の模倣ともいえるし蒲原有明らの前例の模倣とも見えるが、いずれにせよ、一挙に読み流すことを許さない、切実な心境を一語一語に刻み込んでいるような印象を与えるのではないか。筆者は以前、この詩篇をボードレールの「憂愁 Spleen」（『悪の華』所収）と比較し、「黒旗」を死の象徴として読解したが（「中原中也・憂愁詩篇―ボードレール詩学からの反照」『抒情の宿命・詩の行方―朔太郎・賢治・中也』思潮社、二〇〇六年、所収）、その意図は黒旗＝死であることを証明することよりむしろ、｢死後の生」とも呼ぶべき晩年の詩学の出発点として本作を位置づけることにあった。ここでは別の視点から、詩「曇天」の四連構成を交響曲の四楽章形式になぞらえ、その主旋律をオノマトペ「はたはた」に見立てて読解してみたい。

　第一楽章で登場する「黒い　旗」は間に一字アキを入れることで一種のもどかしさを早くも表現している。「旗」「はためく」「はたはた」「はためいて」と、四行のうちに五度繰り返される「はた」の音は、否応なく読者の脳裏に旗のイメージを定着させる。朝の空といういかにも中也的な空間に「はた」めく旗は不吉さをなびかせながら無音でそこに存在する。主題の提示は厳かなモデラートに喩えられるだろうか。第二楽章では「手繰り　下ろさう」という努力とその虚しさがいささか滑稽なスケルツォで表され、「はた」の音は「旗は　はたはた　はためく　ばかり」と一行に四度集中的に奏でられ、「舞ひ入る　如く」と変奏されていく。第三楽章は幼年時を回想するアンダンテだ。ここで一瞬「はた」は消滅するかに見えるが、第四行「今はた」の語に（まるで隠し絵のように）潜んで最終楽章を窺っている。そして第四楽章は、以上のモチーフを再現しまとめつつコーダになだれ込むアレグロ楽章だ。第一・二楽章の現在と第三楽章の過去を「かの時　この時」の時間対応と｢此処と　彼処と」の空間対応によって統合した後、一挙に「はたはた　はたはた」と四度繰り返し「み空に　ひとり」と孤絶した旗のイメージをたたみかける。呼びかけとも詠嘆とも取れる最終行「いまも　渝らぬ　かの　黒旗よ」の「黒旗」は、冒頭の「黒い　旗」をわずかに変形することで、まるで死そのもののように不吉な存在感を示して詩を締めくくる。

　以上のように、一見ありきたりのオノマトペ「はた」「はたはた」は、繰り返しによって様々に変奏を重ね、その都度音楽的イメージを変容させ展開せしめていることが分かる。既存の単純なオノマトペをリフレインによって独自の詩学装置へと昇華する中原中也の詩学は、この後に続く短い晩年にいっそうのドライブをかけていくのだが、これ以後の展開についてはいずれ稿を改めて考えてみたいと思う。

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　朔太郎と中也の詩におけるオノマトペとリフレインを検討してきたが、これら二要素をそのまま詩の「愛唱性」と結びつけるのは少々強引すぎると思われるかもしれない。だが、その後の日本詩が、特に戦争詩への反省から、小野十三郎の「短歌的抒情の否定」や荒地派の「考える詩」の提唱などによって「歌」から遠く離れて行った（すでに六十年以上の）歴史を顧みると、一度朔太郎／中也の時点に立ち返って、詩の音楽性＝愛唱性を真剣に考えるべき時期に来ているのではないか、と筆者は考えている。現在詩を書いている人たちにオノマトペとリフレインの相乗効果による「音楽」の回復を試みてはどうか、と提言したい。なんといっても短歌や俳句といった短詩には使いこなせない、近現代詩に固有の装置なのだから。