書評●南風桃子詩集『うずら』

「もう、いいや」

（「びーぐる」２８号）

山田兼士

　著者二十数年ぶりの第二詩集。比較的若い時に詩集を上梓して以後、なかなか二冊目に踏み切れないという話はしばしば聴く。その理由は、第一詩集の呪縛（越えなければならない）だったり仕事や家事の忙しさだったり日常の些事だったりといろいろあって、本詩集の著者もそうした事情にさいなまれてきたという。「あとがき」に記された一行――

でも、ふと「もう、いいや」と思いました。

――は、さりげなく、だが重大な気付きだろう。この「もう、いいや」に辿り着くことなく沈黙に沈んだままの詩人がどれほどいることだろう。成熟の年齢に達してこの断念＝発見に至った人の作品は、強く、潔く、可笑しく、そして軽やかだ。序詩をのぞいて巻頭作にあたる「うずらの詩」は次のように始まる。

「わたしの時がきた」

うずらはおごそかに言った。

（が、うずらなので声はちいさいし、だれも聞いていない）

地球のうえに

うずらが一羽。

「うずらの時」がきて、

うずらは全神経を集中させて

たまごを生んだ

……ぽと。

「これからにぎやかになる」

「うずら」というささやかな小鳥を登場させながら、どこか宇宙創成神話のような厳かさを（ユーモアに包みながら）漂わせて、詩集は開始される。「地球のうえに／うずらが一羽とたまごが一個。／／どうでもいいが、／これからなんとなく／楽しくなりそうだ」との穏やかな予感で終わる「うずらの詩」は、しかし、続く二番目の詩「どどど」で唐突にうずらの大群（それも途中でダチョウのように大きく変身する）の騒動へと転じ、「わたしをつぶして」しまう。静から動へのこの転換は実に鮮やかで、作者のバランス感覚の微妙さとダイナミズムの幅広さを示している。

「�氈@うずら」の章を構成する六篇は、いずれもこうしたユーモアとペーソスに溢れていて、おそらく作者の最近作と推測される。これら六篇を巻頭に置くことで、「��　春の葬列」の寓意的な意匠も「�｡　うどんげの花」の私小説的な意匠も、不要な気遣いや気配りから離れて「もう、いいや」との識域に到ったのだろう。このことは、宇宙創成神話の発見＝発明が、過去数十年にわたる〈生の記録〉の公開をうながした、といっても同じことだ。

　詩集全体は比較的短い作品中心の三十篇だが、時に直截すぎると思われる長い作品も見られる。特に、亡父を描いた「父への手紙」には、詩と呼ぶにはいかにも生硬な愛憎の表現がちりばめられていて賛否が分かれるかもしれない。だが、そうした事実重視の作品においても作者は安定したリズムと繊細な表記で読者を納得させる技術を持ち合わせている。シュルレアリスム風の幻想性と切実なレアリスムを併せ持つ、特異な資質の詩人だ。

（空飛ぶキリン社、一五〇〇円＋税）