モンペリエの憂鬱（「交野が原」７４号、２０１３年４月）

　　山田兼士

合宿は子供の頃から苦手だったな　小学生少年合唱団　中学生ボーイ

スカウト　高校生柔道部　あまりいい思い出はないな　集団生活に向

いていない？　大学文芸部はさすがに偏屈の集団とあって気楽にてん

でばらばらしかも七人だけ　伊豆半島の船旅は酔って大変だったけど

三十路になって二週間のフランス語合宿は志賀高原ホテル苦戦しつつ

終了　翌年モンペリエ二ヶ月パリ二週間の研修　一歳半になった息子

と妻を残して初めての海外旅行　飛行機三つとバスを乗り継ぎモンペ

リエに着いたのは午後九時過ぎといっても真夏で太陽はまだ沈まない

秋に出るはずの雑誌に載せる福永武彦論の原稿を抱えての長期滞在は

フランス語の授業もそこそこにして深夜まで苦闘でも時々は寮の宴会

にも参加して週末の遠足は南仏の名所旧跡めぐりもスプリンクラーの

水が眼に入って充血し薬局のおじさんに相談して薬を調合してもらい

古本屋で入手した研究文献を次々家に発送し郵便局の帰りには美術館

通いでクールベによるボードレールの肖像に遭遇しドラクロワ「アル

ジェの女たち」には一目惚れカフェで休憩し深夜はひたすら原稿原稿

で寝不足が続き授業は休みがちでもこっそりスペイン旅行などしたり

毎日が目まぐるしいしかもホームシックで毎晩家に電話して行く先々

から絵葉書を書いて（一ヶ月で四〇枚）原稿は一ヶ月かけてようやく

完成してさきほど弘前の長野隆に送ったが帰国後の生活が気になる定

職のない三一歳の憂鬱眼がまた痒いので明日は薬局で薬を買わないと

そんな忙しい夢から覚めたら五九歳　長野はすでに亡く薬局のおじさ

んもいない　まるで浦島だ　でも数日を過ごしてみると　今は高齢化

社会で周りは年長者ばかりだ　詩人会なんかまるで老人会　美しく老

いた元少女やダンディな白髪元少年に励まされ僕は還暦にダイブする。