｢眉村卓の散文詩remix｣について

（「樹林」2011年秋号）

山田兼士

　眉村さん（長年にわたる勤務先の同僚なのでこう呼ばせていただく）の数多ある作品の中で、奥様の発病をきっかけに毎日書き続けられたショートショート一七七八篇（！）は特に異色異例の作品と言えるだろう。元来、星新一と並ぶショートショートの名手だった眉村卓が、作品の出来不出来をものともせず、闘病中の奥様をなごませるために毎日「３枚以上」を自らに課し、亡くなられるまでの一七七八日間、一日も欠かさずに書き続けたのが、これらの作品群だ。その一部は『日がわり一話』（出版芸術社、第一集一九九八年五月、第二集同年九月）『妻に捧げた一七七八話』（新潮新書、二〇〇四年五月）『僕と妻の一七七八話』（集英社文庫、二〇一〇年十一月）として刊行されたが、これらを全部合わせても百七十篇ほどにすぎず、全体の一割弱でしかない。

　実は、眉村さんはこれら作品群がちょうど千篇に達した際に、百篇ずつ十巻を私家版で刊行されている。『日課・一日３枚以上』と題された十冊は、ショートショートのおよそあらゆる種類技法の集大成であるばかりでなく、ジャンルを超えて文学表現の可能性をはるか遠くの地平にまで広げた巨大な実験場、と私には思われる。その一つの観点として、これらの作品群を「散文詩」として読み直してはどうか、という考えが浮かんだ。一七七八篇の中には、私が長年探求し続けてきた「散文詩」の範疇に入るべき作品が数多く含まれている、との直観がよぎったわけだ。

　二〇〇六年秋、少し前に学生たちと共に立ち上げた詩誌「別冊・詩の発見」の第四号を「眉村卓の詩」特集とし、眉村さんの新作詩篇六篇とインタビュー、それに「散文詩remix」と称した企画を掲載した。もちろん眉村さんの許可を得てのことだが、ご自身はこれらの作品を｢詩｣と認めているわけではない。読者がそう読むのならどうぞお好きなように、というほどのスタンスである。

　ところで、そもそも日本で最初の「散文詩集」である萩原朔太郎の『宿命』（一九三九年）――正確に言えばその前半部分――は、まぎれもなくremix詩集だった。過去に刊行した三冊の「アフォリズム」集の中から「散文詩の概念にあてはまるもの」を選んで集成することで成立した「散文詩集」である。眉村さんは「作家」なので、そんな面倒なことをする暇があったら新作を次々と書くだろう。しかし、眉村作品の中に長年「詩」を発見してきた私としては、どうしてもこれを放ってはおけない。多少の無理は承知で（敢えて言うなら学生たちが詩とは何かを考えるきっかけになればとの教育的配慮もあって）散文詩remixの実現に踏み切ることにした。その結果は「別冊・詩の発見」第四号、五号、七号に掲載しているが、いずれも『日課・一日３枚以上』から私と学生たちが「散文詩」として読まれ得る作品を選んだ上で短い解説を付ける、という形を取っている。全部で二十八篇。いずれも私のホームページ上に掲載しているので、ぜひご一読いただきたい。

http://homepage2.nifty.com/yamadakenji/mayumura0.htm

　ＨＰの冒頭に掲げた作品と解説を以下に転載して紹介としたい。全一七七八話中第七話、日付は（平成）九年七月二二日となっている。

　　思考の結果

　気温は三十二度を超えているに違いなかった。

　真昼の、ぎらぎらの光の下、かたちばかりの乗り場に立って、路面電車を待っている。

　混んでいなければいいが、と、私は思った。

　疲れていて、それに腹痛もある最近では、昔のように空席があっても立っているということが出来なくなった。ま、席を争ってすわるということまではまだしないものの、正直、乗り物ではすわりたい。

　だが、すわったらすぐに居眠りを始めるだろう。

　どういうわけか、いくら頑張ろうとしても、電車などの席に腰を下ろすと眠ってしまう――ということが多くなっている。学校で講義をした帰りなど、ひどいものだ。この間などはシートに横倒しになって目を覚ましたのであった。

　路面電車は、まだ来ない。

　白くちらちらする道とレールのかなたが、目に眩しいだけだ。

　それにしてもこの路面電車、これまでに何度乗ったろう、と、私は考え始めた。

　子供の時分からだから、とても勘定し切れるものではないが……。

　いろんな乗り方をした。

　戦後間もなくの超満員の時代には、ドアの把手にぶら下がるようにして乗ったり。

　学生時代、合宿に参加するために、丸めて円柱状にしばった布団を電車の床に立てて乗ったり。

　大晦日に終夜運転をするからという、それがうれしいために、わざわざ夜中に往復してみたり。

　次から次へと、記憶がよみがえってくるのである。

　それらの記憶は、さらにそのことにつながった記憶を呼び戻し、きりがないのだ。

　私は、われに返った。

　相変わらず、炎昼の舗道の乗り場である。

　こんなに長い間来ないなんて、変ではないか？

　私は、自分の感覚では、二十分かそれ以上も、思い出に耽っていたはずなのだ。

　時計を見る。

　驚いたことに、実際には、ここに来てから三分も経っていないのだった。

　どうやら、私の思考の速度が早過ぎて、そんな風に錯覚してしまったらしい。

　こういう経験は、珍しくなかった。

　が。

　そこで私が悟ったのは、近頃は、そんなことがあった後、いつもぐったりして、眠くなる――という事実であった。学校でない知恵を絞って喋った帰りとか、会議の後とか……思考の回転を速くすると、そうなってしまうらしいのだ。以前はそんなことはなかったのに、これはきっと、バテ始めているのに相違ない。

　でも、ま、仕様のないことだ。

　電車が近づいて来るのが、目に入った。

　今しがた、あんなにめまぐるしく考えたのだから、これは危ないかもしれない。

　その通りだった。

　電車はがらがらで、私はすわった。

　すわって、一分もしないうちに、居眠りを始めていたのだ。いくらこらえようとしても、駄目なのであった。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　

〔解説〕

「散文詩」が「詩」であるための条件とは、ごく簡潔にいって、およそ次のように要約できると思う。

（１）まず短いこと。例外もたまにあるが、長すぎる作品にはその長さを維持するためのストーリーが必須になる。ストーリーこそが「詩」の敵であることを忘れてはいけない。

（２）その短さの中に「新奇なる発見」があること。詩とは発見にほかならないのだから。

（３）「オチ」がない、あるいは曖昧であること。オチはただ一つの真実を示すことで「詩」の多義性をそこねてしまう。

（４）読者への「問い掛け」があること。あれこれ考えさせてくれるのが「詩」の何よりの恩寵である。

（５）ある程度の「リズム」があること。もちろん定型のことではない。散文には散文なりのリズムがあり、時にそれは「詩的リズム」と言い得る心地よさを醸し出す。

　ほかにもまだあるが、ひとまず以上五点から評価して、この作品などは十分に「散文詩」といえるのではないだろうか。日常の中に忍び込むかすかな異界の気配、随所に用いられる詩的リズムによる文末表現、主観的時間感覚と客観的時間感覚との齟齬がもたらす新鮮な驚き、読者への新奇なる問い掛け、等々。

　もう一つ加えるなら、こうした「詩的」要素はいくつかの作品の連鎖によって「詩的要素」を高めていくということ。今後の展開にご期待下さい。（山田兼士）

　

　我ながらずいぶん勝手なことを書いていると思うが、｢詩｣の解釈にはこうした身勝手さがあってもいい、とも思う。更に加えるなら、私と学生たちがここに選んだ二十八の作品は、いずれも「ショートショート」としての完成度の点から見るなら必ずしも上出来とは言えないものだ（従って前掲の既刊四冊にはいずれも未収録）。最初に「作品の出来不出来をものともせず」と書いたが、実際、このシチュエーションでは推敲を重ねて完成度を高める、という余裕はなかったし、またその必要もなかった。そのため「お話」としては十分な構築ができなかった作品にこそ、「詩」としての余韻と（読みによって埋めるべき）空白が残されている、とも言えるのではないだろうか。言い換えるなら、読者にとって解釈の余地が残されている、ということだ。ある意味でそのような未完成さこそが却って「詩」としての魅力を生み出しているのではないか、というのが私の（いささか身勝手な）言い分である。

　眉村卓の「散文詩」の魅力と可能性を、ここではほんの一端しか示せなかったが、「別冊・詩の発見」および前掲ＨＰ掲載の二十八篇をひとりでも多くの方にお読みいただいた上で、ご自身で判断していただきたいと願っている。