詩の連続講座（昼）について

（「樹林」２０１７年冬号）　　

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　

山田兼士

　大阪文学学校で詩の連続講座を最初に担当したのは二〇一一年六月のこと。前任者の細見和之さんから引き継いだもので、当初は夜の担当でした。その後、昼の担当に変わって現在に至っています。すでに七年になりますが、当初から続けて受講されている方も含め、だいたい毎回十数名の方たちから作品が提出されています。夜の講座の時には、「谷川俊太郎に学ぶ詩の書き方」「小野十三郎に学ぶ詩の書き方」などと題して、前半は講義を中心に、後半は提出作品への講評、という形式で進めていたのですが、そのうちネタ切れもあって、また、提出作品への講評により時間を取るべきとの判断もあって、昼の講座に移ってからは、与えられた時間をほぼ講評に当てています。時にはテーマを指定することもありますが、基本的には自由課題としています。

　少し前に、自由詩にも形式がある方が書きやすい場合もある、との判断で、「ソネット」形式による詩作を課題としました。一般に日本では「四・四・三・三行」の十四行詩（イタリア式、またはペトラルカ式ソネットと呼ばれる）が書かれていますが、実はもう一つ、「四・四・四・二行」のイギリス式（またはシェイクスピア式）ソネットもありますよ、と解説して、どちらかの形式で詩作するように、との課題を出しました。この形式は思いのほか受講者の人たちにとって書きやすいものであったらしく、その後、特に指示を出していない（自由課題でよい）時にも、しばしばソネット形式の作品を提出する方が多く見られるようになりました。

　現在のところ最も新しい（二〇一七年八月二六日）提出作品を以下に紹介します。この時の提出作品は十四篇。まず、このところブームになっているソネット形式の作品から。

　

　　お墓詣り　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 三村あきら

墓地から見下ろすと　重機が呻り

畑と林をおしなべて農地は消え失せた

いまでは工業団地にぺんぺん草

団地の敷地を鍬うつ老人　墓地を見あげる

薩長の世から唐鍬と鶴嘴で拓いた田畑

墓地に咲く百日紅は五百余の年輪をきざむ

地面を買いあさり地主になった奴とわけがちがう

黄金の波うつ景色は先祖の汗のあかしであった

墓地の背後には英霊の石碑が寝かされている

志願して出征したわけでない

わが息子は九段へは行かさんぞ　母の叫び

墓地への石段をのぼった若者は何処へ

だれの悪巧みか農産物を輸入する世になり

暦命なるか一族の墓地と田畑あわれ

　三村さんは私よりかなり年長の男性ですが、昼の部になってから毎回必ず作品を提出され、熱心に出席されています。戦中戦後の体験を現代の観点から捉え直す作品が中心で、貴重な歴史の証人ですが、最近はスタイルも修辞も次第に洗練されてきました。社会批評の視点も確かで、一見頑固そうな語り口の中に穏やかな情緒が静かに込められています。本作では土地の乱開発への嫌悪と戦死者への哀悼と国家への批判が、明確なイメージによって示されています。最後の三行も鮮やか。

　次も（イタリア式）ソネットの作品。

　　赤い火　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 村上美鈴

めらめらと燃えあがる　赤い火

幼き私の　消えない記憶

病死した叔母の火　と

後で知る

三歳で　祖母にひきとられ

十七歳で　嫁いだ姉

叔母の後釜に　と

それだけで

再婚した母を　慕い続けた姉

父の顔は知らない　と

遠く見た

赤い火は　いまも燃えている

戦後の田舎のよくある話　と

いうけれど

　端正で穏便な語り口で、近親者への追慕が繊細に描かれた作品です。「戦後の田舎のよくある話」というのが、まだ私たちの母の時代の出来事であることを、忘れないようにしなければいけない、と、そんな認識を新たにさせてくれます。第三連から第四連への「句またがり」もうまいものです。

　次もソネットですが、こちらはイギリス式。

　　愛のソネット　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 阪井達生

あなたは孤独ではありませんか

地球はほんとうに大きいのです

他の星にも電波を飛ばすのに

地上ではまだ知り合えない人がたくさんいる

　

ひとつの奇跡を信じませんか

与えられた時間と空間での

最愛の人との出会い

奇跡のため人類は二十数万年の生命を繋いで来た

地球は非情だと思いませんか

一人の人がどう生きて　死んでいったこと

地球の永い時間と無限の空間の中では

孤独すら忘れ捨て去られるのが運命

　人は孤独を人に伝えるために生きている

　人は一枚のラブレターを届けるために生きている

　タイトルだけ見ると甘く軟弱な恋愛詩かと思われますが、実は本文がタイトルを裏切る、意外性を狙った策略であることがわかります。なかなかの策士ぶりと言えるでしょう。なにしろこの「愛」は甘い恋愛などではなく人類愛なのですから。それも広大な空間と久遠の時間の中での「孤独」こそが「愛」の本質だとする、遠大な思想の発現、と言えばいいでしょうか。イギリス式ソネットの場合、最後の二行が難しく、それだけに決まると効果も大きいのですが、本作では「生きている」の繰り返しが生きていて、毅然とした読後感を残します。

　もう一つ、イギリス式ソネットの提出作品を挙げておきます。

　　じめじめ予報　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 山中真清

強い風がでてきて　きて　横殴りになってきて　きて

雨は　大きな雨粒は

嵩を増した　狭い運河の水面を　

斜めに　斜めに切りつけている

予報士に　たずねてみるの

えたいの知れない風圧　嫌悪の雨　不吉な塊り

どこから来るの？　強い雨音が

戦前？　えっ　なに？　よく聞こえない

悩む傘の柄と　痛む骨の根元を　

奥歯の疼きを覚えながら　両手で押さえる

が　風にあおられ　雨　ズボンにしみこみ

パンツがじめじめしている　靴のなかも

運河にかかった橋のうえ　欄干に寄りかかり

靴にたまった泥混じりの赤い雨水を　ぶちゃける

　なかなか面白い発想とリズムに支えられた作品で、特に「でてきて　きて」「なってきて　きて」「斜めに　斜めに」といった繰り返し句が独特のリズムを奏でています。こういう場合、さらにもう一つぐらい同じ手法を用いると、意図が鮮明になります。それと、大事なのは作品を書き終えた時点でタイトルを再考すること。最初はぼんやりつけていたタイトルが、本文を書き終えることで、より適切かつ鮮明なタイトルを必要とすることが多いのです。そのあたりを指摘した結果、後日、山中さんから次のような改稿版が送られてきました。

　赤い雨水　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 山中真清

強い風がでてきて　きて　横殴りになってきて　きて

雨は　大きな雨粒は

嵩を　嵩を増した　狭い運河の水面を　

斜めに　斜めに切りつけている

予報士に　たずねてみるの

えたいの知れない風圧　嫌悪の雨　不吉な塊り

どこから来るの？　強い雨音が　行進の足音が

戦前？　えっ　なに？　よく聞こえない

悩む傘の柄と　痛む骨の根元を　

奥歯の疼き覚えながら　両手で押さえる

が　風にあおられ　雨　ズボンにしみこみ

パンツがじめじめしている　靴のなかも

運河にかかった橋のうえ　欄干に寄りかかり

靴にたまった不穏混じりの赤い雨水を　ぶちゃける

　タイトルはこちらの方がずっといいですね。それと、「嵩を　嵩を増した」「強い雨音が　行進の雨音が」と、繰り返し句が二つ増えたのも効果的に働いています。さらに、最終行「泥混じりの」を「不穏混じりの」と、より修辞的なかたちに変えたのも、末尾のまとめ方として成功しています。私自身は、こうした講評の場でのアドバイスを「添削」ではなくむしろ「推敲のお手伝い」と称しています。ご本人が時間をかけて推敲すれば自ずから気付くかもしれないことを、これまでの体験に基いて示唆する、というのが私なりの講評の在り方です。

　ソネットばかりを挙げてきましたが、もちろん、それ以外の自由なスタイルの作品も提出されています。次に挙げるのは連分けのタイミングに優れたリズミカルな作品です。

　　ぼくたちはこだまする　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 いしだひでこ

クラシックギターをバザーで手に入れ

ド　レ　ミ　ファ・・・と弾いていると

「ロミオとジュリエット弾いてみ」

君が無茶を言う

ゼミの帰り　フォークギターを背にして

「先輩が期限なしで貸してくれたぜ」

しばらくギターをかき鳴らす音が続いた

手伝っているフリースクールにも担いでいく

次にはガールフレンドと二人がかり

電気ギターとアンプを運んできた

「プレゼント、誕生日の」と彼女

（中古品　めっちゃ安う売ってたん見つけた）

彼の興味はつきない

「好き」が増えるのは愉しいだろう

彼女が一番なのは変わらないが

ギターは仲間を呼ぶのか

最初の一本から三本になった

「好き」が彼らのまわりへ伝わっていく

「好き」の柔らかな風が広がっていく

ド・レ・ミで足踏みしている私に　君は

「禁じられた遊び」を美しく弾いてくれた

そして　つぎのばしょへと

　息子の成長ぶりをギターの変遷によってたどった、母親視線の微笑ましい作品。「好き」を名詞として扱う方法も効果的。タイトルも内容とよく合っていて、非常に印象的です。

　ほかにもまだまだ紹介したい作品があるのですが、どうやら紙幅が尽きました。以上で、ひとまず詩の連続講座（昼）の現場報告とさせていただきます。