月光の背中　（「QUARTETTE」創刊号）　　　　　　

――月の光を　背にうけて（川内康範作詞「月光仮面の歌」より）　　　　　　　　

山田兼士

あの金堂の月光菩薩は

いつも凛々しい立ち姿

ときどき拝観しに行くが

せなかを見ることはなかった

いつも光背に覆われている

ぎんの月を思わせる

のうめんのようなお顔は

ためいきの出るほど美しいが

めったに間近で見られない

なら国立博物館「白鳳展」に

らいげつまで出開帳

ばしょは知っている

ならばと訪れると

ん！　ん！　ん！　と　

でるのは感嘆符ばかりだ

おおきさ丈六の足元から

しずかに全体を仰ぎ見ると

かおも背中も三六〇度どこからでも

ろここ　というより　ばろっく

こうはいを外した後ろ姿も見える

のびやかな造作は背筋にまで

いのちの宿る造形で

のちの世に伝えたいと仏師が

ちからを限りに創り上げたのだ

まずしい人よ　呼ぶがよい♪……

ずっとむかし　こどもの頃に

しっていたメロディが浮かんだ

いつも隣の家で見せてもらった

ひとりぼっちの覆面の主人公

とべもしないのにマントを翻す

よのため人のため

よるもひるもオートバイを走らせて

ぶきは拳銃二丁のみ

がっこうぼさつさながらに

よべば必ず現れたもの

いつも口ずさんでいた憂愁の

かなしい時代のメロディが

なつかしいと思う今のぼくが

しずかに思い浮かべるのは月光の背中

いっしんに闘うその背中

ひとの弱さ貧しさ悲しさを

とわに背負い続けるその孤独よ

もしも祈りが届くなら

よなかの真冬の月の丘から

ぶじを祈って歌うだけ

がっこうぼさつは月光仮面♪……

よい子のために千年の未来まで

いつまでもすこやかにと願うだけ