■詩集時評（５）

生と詩／死と詩

（「びーぐる―詩の海へ」第13号）

山田兼士

　大震災後に編集された詩集が次々と刊行されている。作品そのものは震災と直接関係なくとも、生死にかかわる主題を中心に据えた詩集が目につくのは、やはり空気の変化のせいだろうか。そんな中、長い射程をもつ詩集も増えている。全体に凛とした雰囲気が濃く漂っているように思った。

福間健二『青い家』（思潮社）四九〇ページ九八篇の大冊がＬＰレコード六枚のＡ面Ｂ面に似た構成にまとめられている。時間を上昇下降し空間を右折左折するイメージの連鎖が詩を生の同義語へと昇華し、死者たちとの語らいが生を死の類義語へと収斂する。「青い家」とは絶えず更新し続ける生自体の喩か。

青い家

ファンタジーで

夜を消すのではない。自分が夜になって

谷間の村から悪天候の都会に

戻ろうとするその途中

わたしは不器用に何人もの死者を起している。

　（「わたしたちの冬」より）

森川雅美『夜明け前に斜めから陽が射している』（思潮社）様々な技巧を駆使しながら連分けを拒絶した行分け（一部散文）詩三六篇。特に、様々な詩人たちに 語りかけた二人称詩群がユニーク。最後は「亡き父に」献呈されており、父性が大きなテーマであることが分る。関係性の詩学とでも呼べばいいだろうか。

いっしゅんおうとつは届き

きょう遠くあるくあなたは

荒いみちかけひらいている

もどる足どりはつうかされ

どこからがほほ笑んでるの

（「ひとりのひかりの根っこに」より）

牧葉りひろ『黄色いマントの戦士たち』（コールサック社）表題は石ノ森章太郎「サイボーグ009」に拠る。石巻の「萬画館」を愛する作者が、東日本大震災に遭遇して、震災や原発事故をテーマに書き下ろした数篇を巻末におくことで「主題を大幅に変え」たという。巻末「禁断の扉」は鋭い批評詩。

自らの非力を知り

無知を知り

奢らず敬虔になること

自らの手に負えない「力」を

封印する「勇気」を持つこと

さあ

早くその扉を閉めて　早く

（「禁断の扉」末尾）

藤井貞和『うた』（書肆山田）帯に「短歌型詩群集」とあるように、半世紀近い短歌活動を集大成したリミックス詩集。過去の二〇冊もの歌集や詩集や評論集からのアンソロジーは、｢詩｣と「歌」の根源的な結びつきを一貫して探究してきた詩人にしかあり得ない、深い洞察を含んでいる。心して対すべき書。

短詩型、

　わが、

短詩こそ、

　収容所、

　叙事を、

　投獄の、

ごとく投函

（「ことばのつえ、ことばのつえ」より）

片桐ユズル『わたしたちが良い時をすごしていると』（コールサック社）ボブ・ディランの訳詞者としても知られるビート詩人ひさしぶりの新詩集。自ら 「Later Poems」と呼ぶように「後半生」の作品群だが、その瑞々しい｢うた｣は健在だ。「無心と経験の歌」と題した書下ろし作品群は鮮やか。

はじめもなければ終わりもない

わたしたちは

ラヴェルの森に

踏み迷った

リピート・ボタンを押してあった

のに気づかないまま

（「ヘンゼルとグレーテル」全文、原文横書き）

あさのたか『蜻蛉』（ダニエル社）六月に七六歳で逝去された詩人の遺作。表題作をはじめ命のはかなさとしたたかさを凝視した繊細な作風が特徴。遺作となってしまったが、全編にあふれているのは生への限りない愛しみと深い感謝の念だ。病床の身をオニヤンマの仕返しと見る表題作は切実かつユーモラス。

それは実現可能な�Tコト�Uだった

管にくくりつけられ

死ぬことも不自由になったら

きっと　懐かしいヤンマの回りで

飛んでいよう

（「蜻蛉」末尾）

坂本圭『偽物の春』（詩遊社）幼い頃の家族のことや現在の日常のことなどをモチーフにした生活詩といった趣だが、時折新鮮な発見があって読者を飽きさせない。特に、作者十六歳の時に亡くなった父への追悼詩の率直さは切実であり貴重だ。子育てを終えた後のひそやかな生活を描いた表題作も印象深い。

私は誰かに

必要とされているだろうか

雨の降る日

私は

透明な水底の虫になる

（「雨の日」末尾）

鈴木正雄『死のほとりにて』（銅林社）全三二篇。前半の十五篇は十八歳で亡くなった愛息への追悼詩。昭和四二年に事故死との記述があるので既に半世紀近く前の出来事であることが分る。愛する者の死を表現するにはそれだけの時間が必要だった。死を直視する作品から神話的イメージへの昇華は美しい。

あなたがそちらで

十分に年の巡りを果たしたとき

ぼくの星座に加わってと願ったら

それを受けて下さいますか

父よ

（「ほたる座」末尾）

三宅節子『砦にて』（思潮社）先般逝去した作者の遺作詩集。整然とした佇まいの中にあふれる幻視と幻想の数々は文句なしに美しい。未生以前からの（そして死後からの）約束ででもあるかのようにイメージはリアルに発展し飛翔し滅亡する。病室で書かれ装幀に組み込まれた「ICU」は大震災直後の詩。

お願いだ　気をつけて歩いて

未来はとてもやわらかい

月の光を踏みはずしたら

一つしかない卵がこわれる

（「未来」末尾）

岩崎淳志『だんご虫のゆめ』（空とぶキリン社）作者は小学六年生で一年から五年までに書いた詩を集めている。だんご虫やちょうやてがみやかたつむりになり切った感覚表現はみずみずしくも巧みだ。高学年になるほどに「大人」の言葉遣いに近づいて行くのだが、その過程がまた新鮮に映る。高階杞一編。

僕は大空にまうちょう

思い出はりんぷんにしまいこんで

どこまでもつづくあの大きな空を

はなばなしくまっている

（「ちょう」末尾）

三井葉子『灯色発酵』（思潮社）おもに四週間の入院中に書いた三〇篇。軽快で変幻自在な歌を特長としてきたベテラン詩人が「焼け跡の子」としての出自に思い至り「すこしばかりの反逆」の根幹を発見したという。その発見が鋭敏な（だが優美な）批評精神を促し、新機軸というべき詩境を生み出している。

それでも

ヒトは絶望しない

なにが起ころうと　アラ　エッサッサアと駕籠かきが時をかついで

走っているので

駕籠かきが音もたてずにかけて行くあの足元を見送っていたので。

そらよ

それがわたしたちの　未来だった。

それが

絶望しないわたしたちの未来だった。

（「時のそら」末尾）

冨上芳秀『祝福の城』（詩遊社）いずれも二〇行から三〇行ほどの中に長い時間の経緯を織り込んだ物語詩二九篇。特に「食」を主題にした作品群はモダニズム的な見立ての面白さとシュルレアリスム風の幻想性を兼ね備えていてユニーク。旅＝生のアナロジーも類型に陥ることなく独自の味わいを醸している。

男は銀河を逃げる

青いカンガルーであった

男の歩いた後には何もなかった

ただ無限の虚無と

さびしさだけが点点と落ちていた

（「青いカンガルー」部分）

山本博道『光塔の下で』（思潮社）アジアの諸都市を題材にした紀行詩（行分け）と認知症の母と過す生活詩（散文）の組み合わせから成る一冊。句読点を省いた亜散文詩は老母の意識の混濁による生活の無秩序感をよく表しているが、その緩慢な時間の流れが、アジアの諸都市の混沌と重っているのが面白い。

悲しみとか憎しみとか仕返しが

薔薇のトゲで刺さっているのが

ぼくたち人間なのではなかったか

空を流れる世界地図のような雲に

そんなことを思っていた

（「トラとライオン」末尾）

斎藤恵子『海と夜祭』（思潮社）一見おだやかで静かな抒情詩の姿をまとっているが、日常の細部に潜む魔を鋭くとらえる視線はただごとではない。特に「母（性）」を主題にした作品群は、この時代の重要な倫理の闇に届いているように見える。不思議な感触を残す二〇篇に、なぜか永瀬清子を思い浮かべた。

春の夕方の影はぼんやりしている

振り向いたら

わたしの影はやわらかく動き

犬のかたちになった

震えている

犬にもはずかしがりやはいるのだろうか

（「影の犬」冒頭）

一色真理『エス』（土曜美術社）変身に変身を重ねる自在な想像力の作品群。様々な意匠をおしげもなくつぎ込んで、「父親殺し」の抒情詩が際限なく続く。物語詩ともいえるが、むしろポール・オースターの詩的物語などに近い感触ともいえる。「詩＝死」の単純な同音異義性をここまで拡張できるのは驚異。

信号が変わると、息子は道ばたの花になっていた。妻は夜空に陽気な尾を引く帚星だった。ぼくはひとり深夜バスに乗り込んで、少しだけ眠ろう。朝は空飛ぶ豚に乗って、あっという間にやってくるはずだから。

（「バスの中で」末尾）

北川透『海の古文書』（思潮社）反詩的詩作をものしてきた詩人が、思想的トラウマと呼ぶべき一九六〇年代以来の葛藤を正面に据えた作品群。とはいえ、詩的虚構の中で語られる雄弁と饒舌は爆発的なエネルギーに満ちているため読解困難。本人が「厄介な詩集」と呼ぶことの真義を再考しなければならない。

（何処にいるのか分からないけど、あなたの声が……聞こえました。わたしが追いかけてきた、三人の男の片割れ。逃げまくっていたあなた。見てくれも頭も悪い、オケラのようなあなたが、ようやく語り始めました。あなたの内部に住んでいる、絶滅の王Ｍとアルコール中毒の詩人Ｏを。絶滅の王と言ったって、一人にして二人。二人にして四人。四人にいして無数。（以下略））

（「二〇一〇年夏、ペルセウス座流星群の群れ」より）

小島きみ子『その人の唇を襲った火は』（洪水企画）観念の純粋体と自然の複合体の化合から生まれる不思議な手触りの作品群。抽象的なのに手触りがあり、具体的なのに像が固定しない。声と文字を生成の始源から辿ろうとする野心の顕現か。「鳥」の声は詩語の原基であり「火」は詩語の刻印なのだろう。

この世界は一冊の書誌でできている。その一ページの葡萄園の灰色の空へ、いと高き空へ何も知らない大勢の人々を誘っている灰色の瞳の「あなた」はだれなのか。「あなた」は私に憑依したのか。それとも「あなた」は私からエクスタシーのように脱出したのか。

（「葡萄園の二人」末尾）

田中勲『最も大切な無意味』（ふたば工房）様々なスタイルを使い分けた円熟の二九篇。中でも、遠い過去の自分との対話や、過去の詩人作家との対話、思想的詩論詩に強く惹かれた。｢行旅死亡人」としての詩人像は重く深く、また潔い。表題作はカフカの言葉を導火線にすることで独自の倫理を語っている。

詩人と称する者はすこぶる曖昧

行改えの散文を詩といい短めの文章を散文詩と称して

ことばの無秩序はだれのためにか

身も心も明るく軽くつきぬけて

男によくよく聴けば

会いたいのは

小説「それから」の代助（と、三千代）に、だった。

（「身も心も」末尾）

五十嵐節子『吾亦紅』（パレード）急死した夫を悼み憎み惜しむ感情を出発点に詩を書き始めた作者が、次第に過去のイメージや未知の（あるいは死の）イメージを言語化する方法をかくとくし、最後には静謐な死生観にたどり着く。吾亦紅（われもまたくれない）に託された「孤独」は発見というより発明だ。

朝霧にくれないが滲んでいる

紫が黒味を帯びて、やがて

散るはなびらもなく

終わる　いのちを愛おしむ

（「吾亦紅」末尾）

岡本勝人『古都巡礼のカルテット』（思潮社）奈良の古寺巡礼をパリやローマ体験に重ね、さらに夥しい数の詩人文人の生涯をも重ねることで、「移動する身体」のイメージが立体像として浮上する。五篇の長篇詩が目指すのは｢意味するもの｣に対する「意味されるもの」の真実か。

岡村直子『帰宅願望』（コールサック社）父、母、兄の思い出を呼び起こしながら現在の生活をストイックに、時にはイロニックに観察する静かな詩編群。奥深く渦巻いているエネルギーを観照者の地点で描出する筆致は鋭く的確。駿河湾近くに住む作者が東海大地震と浜岡原発に触れた詩は切実に響いている。

國峰照子『ドン・キホーテ異聞』（思潮社）いわゆるパロディ物だが、作者は「戯作」と呼んでいる。前半は短編劇詩の連作といった趣だが、後半に入るや、言葉遊びや破壊が過激な言語実験として（だが軽やかに）跳ね始める。各作品に（小さい文字で）付されたエピグラフ的短章も独創的な味わいで面白い。

浅見洋子『独りぽっちの人生(せいかつ)』（コールサック社）東京大空襲訴訟の原告団の人々の体験聞き取りを元にした詩篇群。幼くして家族を亡くした悲しみとその後の困難な生活を描いた詩的ドキュメントであり、東日本大震災後の孤児救援活動も題材にしている。事実の重さに拮抗した作品行為は貴重。