■詩集時評（１）
ツイッターからはじまる
（「びーぐる―詩の海へ」第９号）
山田兼士
新たに詩集時評を担当することになった。この三年ほどの間に大阪文学学校の機関誌｢樹林｣に書いた「詩時評」を最近一冊にまとめたので（『詩の現在を読む2007-2009』澪標）本連載はその続編的な意味合いをもつことになる。ただし、前の時評とは逆の方針をここで立てておきたい。「樹林」では、網羅的に扱うつもりはない、と初めに断った上で、現代詩にかかわる重要命題を取り上げて「統一した詩批評にしたい」と宣言し、その方針を最後まで貫いた（たぶん）。
ただし、これは機関誌という性格上可能だったわけで、本誌のように（少部数ながら）商業誌を謳った雑誌には不向きな方法だ。それに、三ヶ月ごとに刊行される数少なからぬ詩集をできれば多く紹介したいという気持もある。そこで、本連載では前回と正反対の方針を立てることにした。まず、できるだけ多くの詩集を（網羅的に）紹介し、特に目に留まった詩句を引用した上で解説を加える、というまったくオーソドックスな方法だ。とはいえ、相当数の詩集を読みこなすにはそれなりの時間がかかることも事実。特に、締切間際の乱読は精神衛生上もよろしくない。
そこで考えたのが、今はやりのツイッターを活用する方法。毎回百四十字以内という長さの制限が「寸評」には実に都合がよろしい。一冊読む度に一回つぶやく。その際、ポイントとなるページに付箋を貼っておく。こうしておけば、後で引用箇所を決めるのも楽だ。それに、ネットで発信することで、僅かにせよ詩集の宣伝になることも期待できる。リツィートされればなお良い。もちろん本誌の宣伝にもなる（はずだ）。
さて、そういうわけで、この一ヶ月ほどの間につぶやいた寸評を元に、網羅的詩集時評を開始する。初回から魅力的な秀作佳作問題作に出会うことができた（順不同）。
♯ 渡辺めぐみ『内在地』（思潮社）。兄の死を主題にした表題作など身近な者の死を戦死者と重ね、独自の死生観を表した二八篇。悄然と死を見送るのでなく、むしろ積極的に向き合い問い続けていて、「冬を編む」「春を眠る」など能動表現にその意志が秘められている。能動態の死詩、とでも呼びたい作品群。
いとしいもののために
泣けないのなら
それが許されないのなら
春を眠る
髪が伸びるまで （「春を眠る」末尾）
このように直截なイメージもまた、本詩集の向日性を支える要因の一つ。テーマの重さにもかかわらず、静穏な詩語の運びはスキップのように軽やかだ。
♯ 谷合吉重『難波田』（思潮社）は連作長編詩。前近代、近代、現代と、いくつもの時間層を折り重ねながら自身の少年期青年期を浮き彫りにしていく伝奇的詩篇。 記憶と時間の薄闇を通して垣間みられる「母」のイメージは曖昧な分だけ神話的な様相を纏っている。新たな視野からの母性思慕詩篇、だろうか。
隆起する
古代古生層からの熱情
母の無理数を分母に抱え
いくつかの季節に遅れ
わたしは、冬の日
赤いニンジンが捨てられていた
道を歩むことになる
♯ 金井雄二『ゆっくりとわたし』（思潮社）。一九六〇年代頃に小学校から中学までを過したらしい作者自身の等身大の〈こどもの肖像〉を描いた作品群。匂いや手触りまでも生々しく甦らせる感覚のリアリズムと、散文詩に内在する音楽的リズムが印象的。
卵を持って、器の角にカシュッ、カシュッと当てるのだ。卵の殻に罅が入る。罅の部分に両方の親指の爪を入れ、左右に分ける。そうすれば見事に卵が割れるから。
（「そして茄子を」より）
さりげなく繊細な描写はまるでポンジュの「牡蠣」（『物の味方』）のように、硬さと柔らかさを併せ持つ「物」の肉感性を漂わせている。
♯ 井崎外枝子『金沢駅に侏羅紀の恐竜を見た』（思潮社）。太古と現代、家庭と世界、過去と現在が微妙なリアリティによって結びついている。樹木や川が身体そのものとなったり、身体が変容し異形化し他者化することで存在の異和をまるごと表現しているのが印象的。恐竜への感情移入までいかにも自然だ。
しかし君たちは戻れ 戻らなければならな
い
子供たちの記憶の中に生きよ
月明かりを頼りにガラスを割れ
飛び越えよ ビル群を
尻尾をふるな
♯ 貞久秀紀『明示と暗示』（思潮社）。本人が「明示法」と呼ぶ一種の撞着語法を駆使した作品集。意味を求める作業が無為と知った時にその無為をたのしむことのできる人には、ゆるやかな発見の連続として読まれるだろう。中也の「名辞以前」の世界を「名辞以後」に持ち込んだかのような詩法と言えばいいか。
空気をながめているときのものの感じられ方は、石ころがちではあるが草がところどころあかるく開き示された道にしゃがみ、あるとき空気をながめていて、それを外からながめているとも、内からながめているとも感じられる。（「空気をながめて」全文）
♯ 安部壽子『古典の時間』（空とぶキリン社）。密かに静かに穏やかに語られる人生や生活は決して波静かなものではないのだが、語り口はあくまで静穏だ。かすかな表情や語調に潜む情念をピアニッシモの響きで炙り出すのが特徴。イプセンの『人形の家』を「わたしのもの」と宣した後に突然立ち現れるのは、
異国の顔を見合わせる
いつの時代もつくりあげる
どこにでもいる 女の顔です
（「沙汰について」末尾）
最終行はまるでフェルマータのようだ。
♯ 高谷和幸『ヴェジタブル・パーティ』（思潮社）。イメージ優先意味不明のフレーズがこれでもかと連続していく様子は中途半端な難解詩と比べてはるかに壮快だ。一行二〇字から成る百％の散文詩が散文の論脈を無視して進んでいくのは、これが冥府の道行きであるからだろう。詩人は死人なのだ。
おいで。列車は動いて、わたしたちはコンプレックスだから、駅に着く。耳のうしろの痛みは、ヴェジタブルを雑にねじ込まれたような痛みです。
（「水槽で停止する泳者」冒頭）
♯ 高木敏次『傍らの男』（思潮社）。なんという静謐な「私」が描かれていることか。密かで静かで穏やかで、それでいて確固とした存在感を（まるで地上から半歩離れたような場所で）持ち続けている「私」の二一の肖像詩。時折現れる犬はボードレールや萩原朔太郎の犬のように懐かしい、そして痛ましい。
人々が行ったり来たり
私だけがとりのこされ
目の前には
見たことがある
写真館から
知らない犬がでてきた （「露地」末尾）
♯ 北爪満喜『飛手の空、透ける街』（思潮社）。全十八篇がまるで一つ一つの短編映像のようにイメージの鮮やかな作品群。ただし、この世界は映像では創れない。あくまで言葉の喚起力のみが果たせるイメージ世界なのだ。
コピー機からはき出された紙には 蝶がい
る
わたしから剥がれることができて
手の形は
自由に 飛んでゆく
羽ばたいてゆく （「飛手」より）
両手をコピーした紙の蝶が「トーキョーの空」｢グラーツの空｣を飛翔して行く様子などは詩を読む快楽そのものだろう。
♯ 小林Ｙ節子『Ｂ・Ｂに乗って』（思潮社）。苦悩、憂愁、哀感を主題にしながらも脱出口を求めて彷徨する、デジタル時代の都市放浪記、として読んだ。Ｂ・Ｂ＝ブラック・バードとはアメリカのジェット戦闘機？それともビートルズの曲名？不穏な鳥は存在の闇の中を「暁に向かって」飛び続ける。奇妙な鳥だ。
カオスの洞窟から軽やかに飛び立ち
いつも景色を逆さまに見ながら
誰も見ない真実を見る
ブラック・バードに乗って
（「Ｂ・Ｂに乗って」より）
♯ 池田康『一座』（洪水企画）。「虚空」「歩行」｢胡座｣「仰臥」の四声部のポリフォニーによる長編詩。それぞれを飛ぶ、歩く、坐る、寝る、の動詞表現と取れば、想像力の機能を寓意化した演劇のシミュレーションであることが分る。テーマはずばり「生と死」と読んだ。対位法詩人一座の公演。
現れるもの
消えるもの
この一座に交錯する
隠れるもの
甦るもの
この一座を転回させる （「虚空」末尾）
♯ 茂本和宏『あなたの中の丸い大きな穴』（ジャンクション・ハーベスト）。表題作や「あかんやろおばちゃんのハト時計」「今日あなたを犬が走ります」といったタイトルからして人を食ったユーモラスな雰囲気だが、その底には深い哀感（ペーソス）が潜んでいる。「詩はいつも少しだけ悲しい」というようなストレートど真ん中も。
本当に悲しいのは
詩です
だから
ゆっくり朽ちていくのは
私です （「朽ちていくのは」末尾）
♯ 渋谷卓男『雨音』（ジャンクションハーベスト）。詩集『朝鮮鮒』で小野十三郎賞を受けた詩人六年ぶりの第二詩集。全二〇篇にあふれる硬質の抒情は読者の原記憶を静かに揺すり穏やかに諌める。決して声高にならない社会批判が通奏低音のように鳴り続けている、その調べが長く余韻を引く。
雨音は雨の音ではない
打たれた木
打たれた花
打たれた道
天を仰いで打たれた者たちの顔が
音を立てるのだ （「雨音」末尾）
物が者に転換した瞬間、鮮やかに批評が立ち上がる。詩における批評性とはこういうもの。
♯ 高岡修詩集『幻語空間』（思潮社）。全二〇篇が｢死｣をテーマとする｢死の詩学」の実践編。短く刈り込まれた詩句が生死の四隅にびしびし投げ込まれる様はまさに豪腕投手のコントロールぶり。死と再生による詩の活性への祈りのようなフレーズも。作品の背後にあるはずの「詩学」そのものを知りたい。
顔のない交接よ
既視感から
既死感が
はぐれる （「情死＊」末尾）
♯ 中堂けいこ『ホバリング』（書肆山田）。言葉の意味にたよらずイメージ本位を徹底することで新しい詩空間の生成を企てているように読まれた。「ホバリング」とは意味の重力に抗うイメージの自由を暗示しているのではないか、と。詩人の生活圏は過去と現在、現実と幻想を自由に往還している。
（生きてれば）じいさんは丙種合格 茶色い戦争も馬を曵いて綱渡りもしよう 生きぬいて孫にも会える 夏に見た痩せ狐の絶える岬で ひとしきり鳴きもしよう いなり寿司を盗む罪も許される
（「あ かる い うた」より）
♯ ほしのしほ詩集『湯屋の花』（詩遊社）。誕生以前のエピソードから幼年期を経て現在までの遍歴を詩で綴った三〇篇。内面の｢毒」を清めるべく故郷の湯屋を訪れる話を書いた連作散文詩が平明ながら深く響いている。巻末「雪」のはっちゃけぶりも楽しい。｢たましいの自伝詩｣と呼びたくなる詩集だ。
私の中に棲んでいた「毒」は消えた。あの花の名を知った。あの花への恐怖心も消えた。春祭の日に満開になっていたタチアオイ。 （「夢と楽園」冒頭）
♯ たかぎたかよし詩集『夜の叙法』（編集工房ノア）。整然と研ぎすまされたスタイル、毅然とした記述法、独自の硬質な文体が特長。三部構成のうち、「澱」と題された二番目の章が特に面白かった。「杓」「磔」「桟」など漢字が呼び起こすイメージを自在に展開した七篇は独自の境地を示している。
私の哀しみ、光の礫の受動態のまま大きな意志に貫かれて飛ぶそこ。 （「礫」より）
♯ 岸田裕史『都市のしじま』（水明舎）。タイトルとは裏腹に都市の様々な喧噪を中心に現代を風刺した作品集。地名の乱舞は私語と詩語を貫くエネルギーに満ちている。タイトルはアイロニーだろう。それだけに、地元の川の風景を描いた作品は清明さを帯びている。
川底で目をあけると
父や母が弁当を広げている
その横にいるのは祖父母と曾祖父母
その横にいるのはセピア色をした
知らない人たち （「春の芥川」より）
昔の人々との花見宴会の場面は作者の原風景なのだろう。
♯ おしだとしこ『白い道』（翔の会）。奄美で生まれ育ち現在は名古屋に住む作者が、幼年期少女期の記憶を主なテーマに綴った詩集。自然体の言葉遣いの中におのずと社会や歴史に対する批評が含まれ、時代の証言の結晶としても読まれる。しなやかな詩語が祖母や曾祖父の声を今ここに甦らせている。
少女は見送るものもない
たった一人の亡命者の表情で島をでた
（「棄郷」より）
♯ 亜久津歩詩集『いのちづな』（コールサック社）。九月一〇日の「世界自殺予防デー」に合わせて刊行したとのことだが、平易で真直ぐな言葉が雨のように降り注いで、強く穏やかに伝わってくる。平和な時代の平和な社会だからこそ死にいたる病をもつ人たち（と自ら）に精一杯訴える切実さは貴重だ。
硬く複雑に絡みあう苦痛が、暗くどす黒く渦巻く衝動が、窒息しそうに迫る堆く厚い障壁が、考えても考えても考えても希望を阻んであなたを塞ぐときほど
こんな
スキマだらけの
詩でも （「どうか こころに」末尾）