秋山清と「コスモス」

（「びーぐる」４１号）　　　　 　　

山田兼士

　私にとって秋山清とは、長い間、小野十三郎の同志、旧友、相棒といった存在だった。もちろん、吉本隆明による抵抗詩人秋山清の評価は知っていたし、小野が秋山に寄せていた絶対的ともいえる信頼のことも知ってはいた。なんといっても戦前の詩誌「弾道」（一九三〇年創刊）から戦後すぐの「コスモス」（一九四六年創刊）に至る混乱期、さらにその後の長期間にわたって詩行動を共にした二人の詩人のことだから、相互の影響関係や対立点、共鳴点など、さまざまな切り口からの探求が可能であることはすぐに想像できる。私自身、十四年前に上梓した『小野十三郎論　詩と詩論の対話』（砂子屋書房）中の「第五章《コスモス》を読む」において、「コスモス」創刊当時の両詩人の関係について多少論じたこともある。とはいえ、私が描いたのはあくまで小野論における脇役としての秋山像であり、おもに編集人としての秋山清にすぎなかった。

「コスモス」が戦後詩において担っていた役割の重要さについては拙著でかなりの頁数を費やして述べた。特に、「第一次」（一九四六年の創刊号から四八年の第一二号まで）における小野十三郎のめざましい活動ぶりについてはあらためて強調しておかなければならないが、もう一つ忘れてならないのは、そうした旺盛な活動を支え続けたのが他ならぬ秋山清であり、さらに「第二次」「第三次」まで一貫して編集人を務め続けたのもまた秋山だったことだ。小野は「第一次」終了後次第に「コスモス」から離れていったが、秋山はその後さらに長い年月にわたって、執筆者としてまた編集人として「コスモス」を主導し続けた。この一貫した粘り強さが秋山清の真骨頂といっていいのだが、ここではその内容に触れる余裕はない。本特集でさまざまな観点から秋山清の全容が描かれることに期待して、私としては、今回あらためて秋山の全作品を通読して特に気づいたことを少々報告しておくことにする。

　現代思潮社版『秋山清詩集』（一九六八年）は、この時点でのほぼ全詩集と呼ぶべき一冊で、全一六三篇を収録しているが、「索引―初稿覚え書」によると「コスモス」を初出とする作品は全部で二五篇におよぶ。そのうち、「第一次」全一二冊に掲載された作品は一〇篇を数える。秋山は第九号以外は全号に詩を発表しているので本来なら一一篇になるはずだが、なぜか第六号（一九四七年八月刊）に掲載した詩「いとこ」だけは本詩集に収録されていない。制作の時期から見て本来なら詩集『象のはなし』（一九五九年）に収録されるべき作品だが、編集に携わった金子光晴が見落としたのか、あるいは秋山自身が収録を拒んだのか、今となっては明らかにしようがない。ただ、詩「いとこ」は、あまりに個人的身内話的な内容が秋山作品としては異例であって、制作から一二年後の自己チェックによって捨てられたのかもしれない。これとは別に、「コスモス」一五号（一九五〇年二月刊）に掲載された詩「二月一日の号外」もまた『秋山清詩集』に収録されていないのだが、こちらは水素爆弾を主題にした長篇反戦詩で、あまりに直接的時事的すぎる内容のために詩集からは省かれた、との推測が成り立つ。このあたりの自己読解によるゆらぎは気になるところだ。

　第一次「コスモス」を初出とし『秋山清詩集』に収録された全一〇篇は、表記や文字遣い以外にもいくつか異同があって、詳しく見ていくと戦後間もない頃から『象のはなし』刊行の一九五九年頃までの詩的変遷をたどることができて興味深い。その逐一をここには記せないが、一つだけ、見落とせない変化を紹介しておきたい。

　最初「コスモス」第二号（一九四六年六月刊）に発表され、後に詩集『象のはなし』に収録された詩「春」を『秋山清詩集』から引用する。少々長くなるが、本誌アンソロジーに収録されていないので、全文引用の価値はあるだろう。

　　春

一匹のちいさな甲虫が

風にふかれてきて

袖にしがみついた。

触覚をふり

羽をふるわせて

ぶんと飛んでいった。

黒い一点が空にすわれた。

南海派遣洋九六〇七部隊は

ニューギニアからかえった。

病みたおれて

起き上らぬ

三十六人。

そのなかに

君はいなかった。

片かげりのはやい

北斜面の山の疎開地で

おっかさんは

晴れわたった空をみた。

虚空無辺の果までつづいていても

かえってこぬ。

かえらぬ百万人とともに。

　一匹の虫の飛行に始まって、細部の描写を加えながら、南洋からの帰還兵三十六人を経て、未帰還の百万人へと想像を広げていく語り口は、小野十三郎の〈非情の美〉にも通じるリアリスティックかつイマジスティックな詩法と呼ぶべきだが、実は「コスモス」初出時には、末尾に次の三行が続いていた。

戦災地の

いぢけたこまつ菜に

花が咲いた。

　一旦「かえらぬ百万人」へと想像を広げた直後に目前の小さな花へと視点を収斂するのは面白い詩法ではあるが、その花がなにかの象徴のように思わせ、却って非情のリアリズムを損ねているように読まれないだろうか。ここにはおそらく、戦後間もない頃のアナキズム詩人の心の揺れのようなものがうかがえるように思う。非情の美に徹しきれない抒情のゆらぎのようなものとして、である。これと似たことは小野十三郎の詩集『大海辺』（一九四七年）における初出から決定稿への変遷にも見られることで（前掲拙著参照）、この時期における詩人たちの微妙な心理変化を考える上で興味深い。

　秋山の「コスモス」初出作品からもう一つ挙げるなら、詩「からす」（第四号、一九四六年一二月刊）にも同様の削除が見られる。「からす」は連作「北海道」六篇中第五篇で、巻末に「昭和十九年」と（おそらく）制作の時期が記されている。これも『秋山清詩集』から全文を引用する。こちらは詩集『白い花』に収録された作品だ。

　　　からす

五稜郭にゆくみちは

屋根のひくい家々のひさしに

砂糖大根が干してある。

軒下にはなま乾きのイカが吊るしてある。

このあたりじつに多くのカラスがいて

電柱やオンコの庭木にむらがり

あきらめのわるいこの鳥は

飛び羽ばたいては

またおりてきて

　小馬鹿にした顔つきで

啞々とつぶやくようにないた。

なま臭い街を出はずれると

曇天のそらがひらけ

踏む土も空気もしんとする。

もはやこの曇天ははれまい。

函館にも冬が来たのだ。

北海道―５　（昭和十九年）

　詩は「五稜郭にゆく道は」に始まり、集落のうらぶれた情景が続き、そこに多くのカラスが群がる荒涼たる情景が描かれ、最後は「函館にも冬が来たのだ。」と、毅然とした口調で締めくくられるのだが、これにもやはり、｢コスモス｣掲載時には、

赤松の防風林を左にして

城址は

土手のやうにひくくみえてゐた。

という三行が続いていて、いくぶん象徴的叙景詩のような趣きで終わっていた。詩「春」の場合と同様に、後年の秋山は、末尾の三行を削除することで、自身の作品スタイルをより徹底した物質的非情美に近づけた、といえるのではないだろうか。

　二十歳頃から詩を書き始め、一九八八年に八四歳で没するまで、詩を書き詩を論じた秋山清の長い生涯の中には、おそらくいくつかの転換期があったと思われるが、リアリスティックかつストイックな詩法は、いくぶんのゆらぎと揺れを含みながら、最後まで一貫して大きくぶれることはなかった。その最も大きな危機が訪れたのはおそらく戦中から戦後間もない一時期にかけてであったと思われるが、「コスモス」の活動にその一端がうかがえることと、その危機を乗り越える契機もまた「コスモス」にあったことは、おそらく間違いないと考えられる。