五十七の詩人たち　（「交野が原」７０号）

山田兼士

一九六六年　天野忠は『動物園の珍しい動物』を刊行

偽翻訳(プシュドー・トラデュクション)という韜晦を

なまの「晩年」表白にたいする天野さんの羞恥、と指摘したのは大野新

諸君

古いさびたペンは捨てよう

ただし山へ捨ててはならぬ

山では

泣きながら

不要な老人が歩いている。　　　　　　　　　　　　 （「危険」より）

｢姥捨山｣は山ではない

四十代ですでに老いを主題としていた天野忠が

老いの山を描くことで

やがて訪れる本当の老いに先手を打っている

｢泣きながら｣とは羞恥と周到と老獪の入り混じった感情表現だろう

五十七歳の詩人が青年の口を借りて老人問題をうたっているのだから

詩人は転換期に立ち会っているのだ。

一九八八年　谷川俊太郎は『メランコリーの川下り』を刊行

いつになく直截な感情を剥き出しに

危機意識（仮構された？）を表白している

　　

……書くために

書かないでいることを学び……

書く……ために

もう一度初めから……

書きかたを覚える

その学校には誰も……いない　　　　　　　　　　　　　　 （「メランコリーの川下り」より）

詩の空白状態をもたらすことになりかねない

書くことへの疑問が

なまの表白となって記されていて

（この無防備さは天野の周到さと対を成す）

変幻自在の詩人にはめずらしいことだろう

五十七歳の詩人が過去を振り返り鬱に耽っているのだから

詩人は転換期に立ち会っているのだ。

二〇〇八年　高階杞一は『雲の映る道』を刊行

ユーモアで天野にポピュラリティで谷川に比肩する詩人は

少年時代の田園風景を現在の自分に重ねている

自分が今どこにいるのか

わからなくなった時

目をつぶって

雲の映る田んぼの道を

ゆっくり　ゆっくり

帰っていく　　　　　　　　　　　　　　 （「雲の映る道」より）

この半世紀ほどの間に田んぼは姿を消し

詩人の魂もまた変化してしまったが

目をつぶることで

少年期の風景を取り戻すことができる

そうしなければならないのだろう

五十七歳の詩人は危うさの中で生きているのだから

詩人は転換期に立ち会っているのだ。

天野忠にとって老年期のはじまりだった五十七歳

谷川俊太郎にとって青年期への回帰となった五十七歳

高階杞一にとって少年期を回復すべき時期となった五十七歳

萩原朔太郎の五十五歳を越えた現代詩人たちの

その後の身の処し方にこそ

〈詩の宿命〉の現在が問われている

……ひとごとじゃあない……とつぶやくぼくは五十七……

姥捨山が……じゃなくて……雲の映る道が……見えればいいのだけれど……